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 今日は夏休をとっていたのですが,朝のうちに綿と藍の水やりに学校まで行ったついでに,校区の北東部をぐるりと歩いてきました。吉野川の堤防にあがって第十堰を眺め,その反対に目をやると,たしかに畑の方が多いです。このあたりは水田地帯と違って,用水がいきわたっていないこともわかります。
 ふらふら歩いていると,8㎞ほど歩いていました。

 家にたどりついて,シャワーを浴び,休憩をした後は,今日もグラフを描きました。



 消してしまった「藍畑」のグラフを描き直し,「桑畑」のグラフと重ねてみました。
 青が「藍」,黄色が「桑」です。
 ちょうど,藍が衰退してきて,桑が増える様子がわかります。

 ついでに,昨日描いた「田畑」のグラフの「畑」の部分に,「藍」と「桑」を入れ込んでみました。

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 思いつきでやってしまったのですが,「桑」に関しては,畑ではないところに植えられたこともあったようなので,入れ込んでしまうのは適切ではないかもしれません。それでも,藍畑が減って,桑畑と田が増えたのはわかります。



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 午後からの出張に出る前に郵便受けを開けてみると,注文しておいた「10キー」が届いていました。

 先ほど出張から帰ってきて,これまた外付けの打ち心地のよいキーボードのUSBコネクタに差し込んでみました。

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 差し込んだ途端にコンピュータが反応を示しました。
 ちゃんと認識されて,正常に動作しています。

 もう少し早くに「10キー」の存在が頭に浮かべば,入力作業がもう少し楽に進んだかもしれません。
 まあ,これからもたびたび使う機会はあるでしょうから,働いてもらいます。

 次はトラックボールかな…。エレコムからいいのが出たみたいなんだけど…。
 昨日の続きでグラフ描き。
 今朝は,藍畑と桑畑の面積です(共に名西郡)。

 まずは,藍畑。
 


 以前に描いた県全体のグラフと同様に,1903(明治36)年をピークに急激に減少していきます。
 この後,麻名用水の工事が始められます。
 戦前,この統計書自体が発行されなくなり,戦後復活したものの,1950(昭和25)年からは「葉藍」の統計データは記載されなくなります。

 次に,桑畑。

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 藍作が衰退した後,すぐに米作が全面展開ということではなく,桑畑がずいぶん広がったようです。
 麻名用水が完成したといっても,現在の網の目のように広がったのはその後のことでしょうから,すぐに水田化とはいかない地域もあったことでしょう。
 これに,繭の生産量を折れ線グラフにして重ねてみようと思います。
 藍の方も,同じようにするつもりです。

 この二つのグラフを重ねようと思ったら,なんと,藍畑のグラフを桑畑に描きかえたときに,「別名で保存」するのを忘れて,「終了」ボタン→「はい」とやってしまって,藍畑のグラフを消してしまいました…(-。-;)
ということで,夜,藍畑のグラフは改めて描き直しということになりました。

 コンピュータをいじっていると,こういうのはよくあることです。
 仕方ないですね。


 今日も午前中は県立図書館に行って,データの埋め込みをしていました。
 予定通り一段落したので,作業を終えて帰宅しました。

 昼間はここのところの夜更かしがたたって,グロッキー。
 ということで,夜になってグラフづくりにとりかかりました。
 まずは,「麻名用水」の恩恵を受けていて,ボクの居住地・勤務校を含む名西郡の田畑の面積をグラフにしました。
今回は,田・畑のグラフを別々に描いた後,それがうえのグラフです。緑が田,橙が畑。

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 2つのグラフが描きあがったところで,重ねてみました。
 どちらを見ても,「麻名用水」の完成の影響が明らかですが,2つを重ねてみると,耕地面積はほとんど変わらないなかで田が増え,畑が減っている様子がわかります。つまり,新田開発が行われたわけではなくて,それまであった畑地に利水が行われて,その一部が田に転換していったということです。
 それでも,この時代では,田と畑はほぼ半々ですが…。

 グラフの右端の後は,田も少しずつ減っていきますが,畑がどんどん減っていき,現在に至るということになります。それについては,今後の課題ということで…。グラフにはっきり現れているのは,「減反政策」の影響でしょう。ボクのなかに漠然とつくられていた「田が圧倒的に多い」という地域のイメージは,ボクが育ってきた時代の狭い範囲のことなのだということもわかってきました。
 今ボクが勤めている校区は,昭和の初めまで水稲の生産がありませんでした。つまり,畑ばっかりだったわけです。
 この地域のデータがあればおもしろいのですが,今のところ,昭和に入ってからのものしか見つかっていません。
それでも,グラフにしてみると見えてくるものがあるかもしれませんね。これもこの先,データを拾ってみます。

 明日は午後出張なので,午前中に藍畑と桑畑の面積をグラフにする予定です。
 これでまたはっきりと見えるものがあるのでは…と期待しています。
 今日は月曜日で,平常なら県立図書館は休館です。
 でも,お盆期間中は開館してくれるので,今日も朝から行ってきました。

 太平洋戦争中から1946年までの数年間,『徳島県統計書』は発行されていないようです。
 戦争というものがこういうところにまで影響したということに,あれこれ考えさせられました。
 明日は敗戦の日…。

 今日は,閉館時刻の5時前まで粘ってデータ入力をしました。
 あとは,戦後のデータをどこまで拾うかというところです。
 戦争によって変わったこと変わらなかったこと,それよりも「高度経済成長期」や「バブル」の影響があったのかなかったのか…など,いろいろ気になることが次々に出てきますが,現時点で一度まとめて,「今後の課題」とすればいいかなと思っています。
 明日の午前中でひと区切りにして,グラフ作成にかかるつもりです。
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