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 怒濤の全国大会明け。体はめちゃくちゃしんどいけれど,水泳の練習と個人懇談が予定に入っていたので,布団から離れようとしない体を無理矢理起こして,シャワーを浴びた。長期休みはできるだけ自分で弁当を作っていくようにしているのだけれど,とてもそんな余裕はない。
 9時から1時間ほどプールで水泳の練習につきあう。
 そのあと,4件の個人懇談。これで懇談も無事終了。
 
 体があまりにだるいので3時から年休をとった。
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空港にて

 高松空港。

 車で行っているはずのボクたちがなぜ空港にいるかというと,前日夜(というより正確には当日未明)の撤収打ち合わせで,ボクとゴッチさんの二人で,「板倉先生を空港まで送る」という役割を引き受けることになったから。
 ホテル近くのうどん屋さんで昼食をとったあと,板倉ご夫妻と仮説社の竹内さんをボクの車で高松空港まで送った。「とにかく事故をしては大変」とかなり緊張しながら運転したので,途中の会話などもあまり覚えていない。
 空港に到着して,チェックインをした後2階に上がると,なんと,さっき板倉先生が講演したばかりの二宮忠八に関する展示がされていた。写真はそれに見入る板倉先生。
 このあと,土産物売り場に行き,喫茶コーナーでしばらく過ごした後,3人は飛行機に搭乗。ボクたちはお役ご免ということになった。

 これで怒濤の全国大会が終わった。
 毎日毎日2時間や3時間の睡眠でよくもったと思う。家に着いてからは爆睡。毎度毎度ボクのワガママ勝手な行動を許してくれている家族に感謝。
閉会板倉講演

 3日目分科会のあと全体会。
 分科会報告の後,研究会代表の板倉聖宣先生の閉会講演。
 これも途中からの話で,筋がよく分からなかったけれど,ライト兄弟よりも早く飛行機を発明したといわれる「二宮忠八」という人についてのものだったようだ。

 もともとはこの時間,分科会場の撤収をしている予定だったが,前日の夜に,実行委員は「全員12時30分に全体会場に集合」ということになった。講演の後,全員がステージの上にあがって実行委員長からのあいさつでフィナーレということになった。なんだか照れくさかったけれど,「終わりなんだなあ~」としみじみ思った。
二日目全体会

 2日目の全体会。前を通りかかったので写真だけ。
 夏の大会は分科会が中心となるが,研究会の総会と来年の夏の大会の開催地の決定が行われる。会員でない人もいっしょに参加しているのがおもしろい。
 この時間がなかなかおもしろいらしいのだけれど,ボクはまだこの場に居合わせたことがない。今回もこの写真を撮っただけ。

 立候補者のアピールと,応援スピーチの後,会場の拍手で来年2007年の開催地は7月29日(日)~31日(日)北海道に決まった。
売り場

 こちらは広間に設定された売り場。
 出版社・書店や全国から集まった会員が,本や教材・教具を展示し,販売している。今回はそこに10億倍の空気の分子模型が展示されていた。ボクたちにとってはなじみのある酸素や窒素の模型だけれど,さすがにこれだけ大きいと迫力がある。
香川売り場

 香川たのしい授業研究会の売り場。香川のIさんが全面的に販売を担当してくれた。水色に分子模型がデザインされたTシャツは,スタッフ専用のもの。右端の方に,ボクの「バラバラになる食塩の分子模型」を置かせてもらった。10時頃に置いたら,なんと昼過ぎには用意していた4セットが完売。

 なかなか評判がよかったので,また作ることにした。
大会初日

 いよいよ大会初日。
 スタッフは朝8時集合。12時の参加者受付に向けて慌ただしさが増す。ボクが担当した資料受付にも,だんだん資料が集まり出す。26日の時点で大会参加者が530名ほど,その家族を入れると650名近くの人がこのホテルに集まる。そして,今回集まったレポートがほぼ500本。去年の唐津大会が400本弱だったということだから,とんでもなく多かったわけだ。
 それをすべてパソコンに入力し,一覧表にして配布する。特に第1版は,12時の受付から3時の分科会設定までに打ち込み・印刷の作業を終わらせなければならない。ボクたちが打ち込んだものを,香川のOさんが整理して一覧表を完成させてくれる。ところが,これが大変な手間だった。Oさんがいなければとても間に合わなかっただろう(Oさん,本当にお疲れさま)。
 この間,本部はフル回転。訳が分からないまま,時間がどんどん過ぎていくという感じ。気がついたら夜中の3時。
本部開設

 久しぶりの投稿・・・。またまた穴が開いてしまった。

 明日からの3日間,仮説実験授業研究会夏の全国合宿研究大会が香川県の琴平で開催される。今回,ボクは大会スタッフに入れてもらって,「前日から会場入り」ということになった。
 ということで,大会本部がセッティングできたところ。
 コピー機と輪転機が2台ずつ,A1判が印刷できる大型インクジェットプリンタが1台,A4カラープリンタが2台,パソコンが5台並んでいる(結局,輪転機は2日目の夜中までフル稼働していた。それだけでもすごいと思う)。
 このときは,翌日から始まる怒濤の3日間の現実をだれも予想していなかった・・・(だろう)。
 今日は郡の水泳検定会が蔵本公園のプールで開催された。
 ここのところ,怪しい天気が続いていたが,曇り空とはいえ,雨が降らずに実施できたのはありがたい。ボクは役員になっていたので,自宅から直接会場に向かった。

 今年は天候のせいで,十分な練習ができず,出場できた子どもも少なかったが,それぞれに精一杯の力を出してくれた。なかには,記録が10秒も縮んだ子どももいて,いっしょに練習につきあってきたボクたちもうれしかった。

 次は8月8日の県大会。
 それまで練習は続く。がんばろう。
 金曜日から体が何だかしんどいなあと思っていたら,この2日の休みは完全ダウン。久しぶりに,朝体が動かないという状態になった。
 若い頃は,よく長期休みの1日目に熱を出していたっけ・・・。こんなの久しぶり。夕方にはずいぶん調子もよくなったので,明日からはまた快調にいけるかな?
 夏休みに入り,1日目は午前中出勤。
 9時から水泳練習の予定だったが,悪天候により中止。
 10時30分より個人懇談4件。午後のプール開放に向けて最終準備をしたあと,昼食をとって,郡水泳検定会に向けてのプログラム編成会のため会場校に向かった。
 作業が大変スムーズに進み,時間内に終了。
 今日はなんだか体がだるくて,そのまま家に帰る。
 昨夜,ゴッチさんと連絡をとって,8月5日・6日の住本健次さんの会の案内ができあがった。
 《差別と迷信》の体験講座を中心に,最近の研究成果を盛り込んでもらうというなかなか贅沢ななかみ。この前のパワーアップセミナーで,香川のサークルのみなさんからも,いろいろな要望を聞かせていただいた。
 今回は,《差別と迷信》も,仮説実験授業もまったく初めてという若い人たちが数人参加してくれるので,そこにスポットをあてた会となる。
 濃い話は講座修了後のナイターで。
花火

 夕方から学校に向かう。うちの学校には「学年行事」というのがあって,学年役員さんが中心となって保護者が計画・運営するイベントが年に数回ある。
 6年生は,夏祭り。5時頃から8時過ぎまで,ヨーヨーつり・水鉄砲などの遊びや,焼きそば・こんにゃく田楽・おにぎりなどの食べ物を用意してくださって,子どもたちを楽しませてくれた。
 最後は,花火。

 夏休みを前に,いい思い出ができたみたいだ。
 保護者のみなさん,大変おせわになりました。
全円儀

 通知票も片付いていないというのに,朝から高松に向かった。
場所はいつもの「サンポート高松」。いつもお世話になっている香川教育文化総合研究所主催の「パワーアップセミナーに参加するためである。
 道路が混雑していたおかげで,少し遅れての参加となった。

 今回も石原清貴さんの算数の講座がメイン。
 画像は,その中で紹介された「全円儀」。「角と角度」の授業で使うもの。もちろんお手製。
 「割合」についても,ポップコーンなどを使って,実験を取り入れたプランを作成中とのこと。8月末には,数学教育協議会の四国ブロックの会があり,そこで公開授業をされるとのこと。夏の楽しみがまた増えた。

 石原さんは相変わらずバイタリティーにあふれていた。また,徳島にも来てもらいたい。
 
 ここのところ,本当にバタバタしてしまって,このブログの更新もままならない状況に陥ってしまった。
 そうでなくとも,この時期はプールにPTAレク大会・・・と訳の分からない慌ただしさに巻き込まれてしまうのだけれど,つれあいの父が急に入院し,いそがしさに拍車をかけることになった。
 家族が元気でいてくれることを,ついつい当たり前のことのように思いがちだけれど,実はとてもありがたいことなのだと今年に入ってつくづく思うことが重なった。

 少しずつ抜けたブログを埋めていこうと思うが,どこまでいけるか・・・。まあ,無理せず進めていこうと思う。

 
さて,肝心の授業の様子はこんな感じ。

〔問題1〕奈良時代の人口
ア.6000万人ぐらい…10人
イ. 600万人ぐらい…16人
ウ. 60万人ぐらい… 3人
エ.  6万人ぐらい…なし

ウの理由
・たくさん人が死んだ時代だからたくさんは生きていけないと思う。
・そのころにそんなにたくさん人がいたら,今もっと日本は栄えていると思う。
・昔の遺跡があるけれど,ところどころにしか残っていないから,今のように全体的に人が住んでいたのではなくて,ところどころにしか住んでいなかったと思う。

アの理由
・60万,600万人だと少ないと思う。

イの理由
・奈良の大仏をつくるとき,260万人が参加したと資料集に書いてあったから。
・奈良の都の模型を見たけれど,大きかったので,60万人ではつくれないと思った。
・伝染病や戦争などで死ぬ人が多かったからこれぐらいだと思う。

ウの「遺跡がところどころにしかない」という理由に対して,同じウの子どもから「ところどころに残っただけではないのか」という意見が出たけれど,「そのとおりですね」とあっさり降参していました。

アに予想をたてた子どもは,イの意見を聞いて,全員が予想変更。

 つづいて,
〔問題2〕1720年ごろの人口
ア. 600万人ぐらい…なし
イ.1200万人ぐらい… 3人
ウ.3000万人ぐらい…16人
エ.6000万人ぐらい… 8人
オ.9000万人ぐらい… 2人

オの理由
・そのころ9000万人でもっと増えたけど,戦争で減って今の人口になった。

イの理由
・奈良時代からちょっとは増えているけれど,5倍にはならないだろうと思った。

エの理由
・戦国時代に戦争があったので,それくらいかと思った。
・戦国時代に減った。9000万人から6000万人に。
・今から280年前に3000万人だと,急に増えすぎだと思う。

ウの理由
・奈良時代から6000万人ぐらいになって,戦国時代にたくさん死んで半分になった。

と,奈良時代の600万人と,12600万人を結ぶラインをそれぞれに考えている様子。今年は,「一度増えて減った」という考えがいくつも出た。江戸時代に入るところまで教科書を進めているためだろうか。

 
日本歴史入門1時間目

 無謀にも1学期末を迎えて《日本歴史入門》を始めてしまった。
 あわてず,終業式までに第一部が終わればいいかと思っているのだけれど,1時間目をやってみたら,これがやっぱりおもしろい。

 今年,黒板の上部に貼る年表を新しくしたので,これまで使っていた人口グラフが使えなくなってしまった。
 「新しく作り直すのは面倒だなあ」なんて思ってしまったのだけれど,子どもたちの意見を聞きながら,黒板にグラフを描くことの有効性がとてもはっきりした。それで,放課後に他の仕事をそっちのけにして色画用紙で作った。
 これでとりあえず,これから先の授業も安心できる。
 午後,ゴッチさんから電話。

 愛知の井上勝さんをお招きしての講座を,11月25日,26日に開催することに決まったという連絡。
 そのころなら,他の行事とも重ならず,サークルのメンバーも参加しやすいだろう。早めに案内を作って宣伝できたら,ある程度の参加者も望めるだろう。県外から講師に来てもらうと,やはりそれなりに採算がとれないと大変だ。
 といっても,11月初めまではボクの学校の方の研究発表会でばたばたするだろうから,今回の会については渉外から実務的なことまで,ゴッチさんにお願いすることになるだろう。

 詳細はこれからだけれど,とりあえず速報ということで,スケジュールに入れておいてください。
ふしぎな実

 夕方,娘と二人で近所を散歩中,道路の街路樹スペースにこんな実を発見した。
 ボクは初めて見たもので,茎にはトゲがある。
 なんという植物か,わかる人がいたら教えてください。
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