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 今日は,特別支援学級の子どもについて,協力学級に給食を食べに行った。
 いつもはちがう人が入っているのだけれど,今日は補教の関係でボクが行くことになった。算数のTTで毎日授業に行っているし,給食時間もちょくちょく行っているので,子どもたちはふだんどおりに迎えてくれた。

 給食を食べながら話をしていると,ある女の子が「岡本先生って,なんかおもしろいねぇ」と言う。すると,その隣の女の子が「お兄ちゃんがね,〈岡本先生もだけど,岡本先生の理科の授業がムッチャおもしろかった〉って言ってたよ」と話してくれた。
 彼女のお兄ちゃんA君は5年生のときに担任した。6年生では隣のクラスになってしまって,よく休み時間にフラッと来て「理科の授業,何してるんですか?」と情報収集に来てくれた。中学校に進学してからも,夕方職員室に寄ってくれて,「中学校の授業はつまらん」としきりに話して帰っていった。
 次から次へといろいろあった学年で,子どもたちに対して「申し訳ないなー」と思うことがいっぱいで,「力及ばず」という感じで自分の力のなさに落ち込んでしまうこともいっぱいの2年間だったけれど,とにかく授業書だけは途切れさせないように毎日毎日配り続けた。
 いいことばかりじゃなかったはずなのに,ボクがした授業のことをいい思い出として家族に話してくれていることを聞かせてもらって,子どもって本当にありがたいなぁと思った。ボクの人間性ではなくて,一緒にやった仮説実験授業のことをほめてもらえることがうれしい。

 家に帰って,そのことを思い出してひとりでウルウルしながら思った。
「目の前の子どもたちに対して,そのときの自分にできる精一杯のことをしていかなきゃいけないな」と・・・。
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 わくわく科学教室の準備をするために,『仮説実験授業ノート 磁石』(斉藤裕子 著・林泰樹 編集,ガリ本図書館)にひととおり目を通す。ここ半月ほどずっと手元に持っていたのだけれど,少し開いては閉じ・・・を繰り返すばかりで一向に読み進めることができなかった。ところが,このガリ本に書かれている物をできるだけ準備しようと思って,第1部・第2部・第3部と各部ごとに書き出してみると,不思議なもので,この授業書の構成が何となく自分の頭のなかで整理されてきたような気がする。やはり,目的意識というのは重要だな。
 まだスッキリとはいかないけれど,それはたぶん,実際にものを準備していくなかで自分のものとなっていくことだろうから,これからのお楽しみ。

 間の文章を読みながら,林さんの解説の部分にアンダーラインを引いた。

●実験とはどの考えが正しいかを決めるものです。つまり選択肢の中で正解は一つです。それが明快に示されなければ実験の意味がありません。・・・(中略)・・・また,問題説明のときの「どうなったらどの選択肢が正解になるのか」という説明も実験結果を明確にするために不可欠なことと言ってよいでしょう。(26ペ)

●「使う磁石はいつもこれ」とか「N極はいつも赤」と決めておけば「どっちがNだったかな」とか「いつもとちがう磁石だ」とかよけいなことに子どもが神経を使うことなく問題の焦点をとらえることができます。(31ペ)

●ちょっとした工夫を日常的にしていると,不思議と授業運営のセンスみたいなものが少しずつできてくるような気がします。「工夫」も一つの仮説,そして授業で子どもの反応を見るのが実験です。「こうすればわかりやすいのではないか」「やっぱりそうだった」というようにして,どういう運営がいいのか,よくないのかしっかり仮説実験していけばわかってくるのです。その楽しいこと。教師の一つのいきがいでもあります。(95ペ)


 これまで断片的に頭のなかに入っていた事柄が,こうして1つの授業書について考えていくなかでつながり合っていく。それもまた,自分自身の成長が感じられてうれしいことの一つ。
砂鉄購入

 教材やさんに頼んでおいた「砂鉄」が昨日,学校に届けられた。
 英語で「magnetic sand」って言うんだ。そのまんまだね~。
 産地は島根県。「山砂鉄」と書いてある。

 この前,大里海岸で集めた砂鉄よりも粒がずいぶん細かい。

海砂鉄
 こちらが大里海岸のもの。「海砂鉄」とでも呼べばいいのかな?

山砂鉄
 こちらが購入した砂鉄。

 わくわく科学教室も定員いっぱいで閉め切ったというし,そろそろ真面目に準備にかかろう。
家で色づくり

 朝のうち,久しぶりに散髪に出かけてスッキリ。
 家に帰ってから,庭の芝生スペースに生えている草を抜く。

 昼食をとった後,宿題もその他のやらなければならないことも終わらせて,「暇だ暇だ」とうるさい娘と,絵の具の準備をして「色づくり」をする。

 おもしろかったのは,娘の上達具合。
 初めのうちは,子どもらしくグチャグチャの色で,筆遣いもぎこちなかったのが,筆の先を使うことと水加減,○の描き方を教えてやったら,段々とうまくなってくるではないか。筆で形をとることは慣れないうちは難しいので,最近は学校の図工ではあまり絵の具をつかわせないらしい。
 でも,こういうのはどこかで練習しない限り,自然に上達するということはまず考えられない。1年生の初歩では,鉛筆を使うのだって線を引くところから始める。鉛筆以上に扱いが難しい絵の具筆なのだから,それ以上に細やかな練習があってもいいのではなかろうか。それがないから,中学年になっても,ぐちゃぐちゃの絵の具の固まりを筆でナスクリつけるような描き方しかできない子どもが多いような気がする。
 娘も,自分自身で上達している様子が見て取れるのだろう,「4つの絵の具でいろんな色ができておもしろい」といいながら,どんどんパレット上に色を作っている。得心して最後にサイン。タイトルは「いろづくりあそび」。たのしめたみたいでよかった。
 5月は,絵を描きに行くつもりらしい。
 ゆうべのうちに20000アクセスをオーバーしたらしい。
 最近また,少しずつアクセス数が増えている感じ。

 今日は,今年初めての参観日。
 別に授業をするわけでもないのに,妙に疲れてしまった。

 夕方も残って仕事をしていたら,ここのところのいろいろな話を聞かせてもらった・・・。
 ボクの知らんところでいろいろあるもんだね・・・。
大きな数

 昨年度の3学期に,算数の授業について職場でMさんと話をしたことがきっかけで,「単位の関係」と「命数法」について一覧表にまとめた。これを《日本歴史入門》の年表のように,黒板に掲示できるようにしたらいいなあと思いながら,いそがしさにかまけて手をつけないままになっていた。

 それからしばらくして,学校に出入りしている本屋さんが『数学教室』(数学教育協議会・国土社)の4月号を持ってきてくれた。それをめくっていると,68ページに「「大きな数&小数の位の表」の巻」(板垣賢二さん(福岡))という記事が掲載されていた。
 これを見て,「そうそう,これこれ。黒板に貼れば便利に使えるよね」と思ったが,そのときは年度末に向けて死にそうだったので,作るまでには至らなかった。

 それが,先日,先のMさんからメールで「単位の表」について問い合わせがあったので,彼に送るついでに印刷して職員室でも配布した。ついでに,黒板に貼れるものも作ってしまえと思い立って作りかけたのだけれど,現在作業が中断してしまっている。概略はできあがっているのに,「じょ」の文字だけが入らないのだ!!
 『花子』で作成しているのだけれど,この文字だけがATOKの文字パレットから入力することも,他からコピーすることもできない・・・。「なんで? どうして?」といろいろやってみるが,なぜかうまくいかない。ヘルプも見たのだけれど,対応策が見つからない。というので,この表作成作業は中断中。
 
 そんな作業の続きを今朝やっていて,あまりにイラつくので気分転換にブログの模様替えをすることになったわけである。
 その作業の最中に,ふと「ブログ拍手」を見てみると,サークルのIさんからコメントが入っているではないか。それを読んでみると,「単位の掲示物がほしい」とな・・・。???。先に書いたように,ボクが作っていたのは「命数表」の掲示物。「なんで単位だ?」と思いながら,ブログに書いた記事を読み直してみると,どう読んでも「単位の表を作っている」としか読めない・・・。うーむ。
 ほんの少しだけ「どうしよう」と思ったけれど,次の瞬間には「え~い,命数表が止まっていることだし,いっそ単位の表も作ってしまえ」ということで,半分やけっぱちな心境で作ってみた。

単位の表

 それがこれ。
 まずは,教科書に出てくる範囲の「キロ~ミリ」までを作ってみた。
 画像では一番下の段を「m」にしているけれど,この部分は切り離して,「g」,「l」と替えられるようにしてある。ちょっと字体が気に入らないのだが,とりあえずこんな感じでどうかなあと思っている。
 Iさん,どうですかね?
 このブログの模様替えをした。
 なんとなく気分一新!

 カテゴリもちょっといじってみた。

 アクセスカウンタがもうじき20000に乗りそう。
 すごいなあ・・・。
 小野さんからのメールで気持ちよく布団から出た後,娘を起こして,予定していた砂鉄集めに向かった。

海陽町立博物館
 およそ3時間近くかけて,海陽町立博物館についた。
 ここには,「海部刀」という中世から近世を中心にこの地域で作られた日本刀が展示されている。ボクはだいたい,こういう職人の技というのに憧れる癖があるので,日本刀の美しさに見とれていたのだけれど,ひととおり回って「1本ほしいなあ」などとバカなことを考えながら,海部刀に関する出版物をめくっていると,衝撃の事実を発見してしまった。
 なんと,「この地方では刀づくりに適した砂鉄を産しないので,海部刀の材料になる砂鉄は当地のものではなく,中国地方等から運んできた」と書いてあるではないか!! たしかにこの地方は海運が盛んだったということだから,現地調達でなくてもいいわけか。清流海部川流域で近くに大きな砂浜があるということから,砂鉄のような重い物は移動させるよりも現地調達した方がいいに決まっていると勝手に思いこんで,こんな遠くまで来てしまった。ガ~ン!

 こんなことなら,別に松茂の月見ヶ丘でも徳島市の小松海岸でも,学校の砂場でも砂のあるところならどこでもよかったということではないか・・・。これはショックが大きかった。

 でもまあ,せっかくこんな遠くまで来たのだからということで,近くの大里海岸というところに行って,砂鉄を集めてみた。
砂鉄集め
 しばらく磁石をビニール袋に入れて砂をかきまわして砂鉄を集めてみた。
 ところが,磁石が小さすぎて効率が悪い。今回は小さなネオジウムを持ってきたのだけれど,こんなに強力なものでなくても,そこそこの磁力で極の部分の面積が広いものの方がよかったのだと後で気がついた。こういうときにU字型磁石なんだな。

 博物館に行っているときに,後藤さんから電話があって,わくわくの参加者が定員いっぱいの30名になりそうだという話だったので,余裕があれば,参加してくれた子どもたちにも砂から砂鉄を取り出してもらう作業をしてもらいたいなと思って,娘の砂遊び用のバケツに砂を入れて持って帰ってきた。別に,うちにある砂場の砂でもよかったのだけれど,これは気分の問題。

 衝撃の発見で,「骨折り損のくたびれもうけ」状態ではあったけれど,娘はそれなりに「砂から磁石にくっつく黒いものを集める」作業を楽しんだようなので,まあいいかと自分をなぐさめているところ。

 7時前に小野さんからメール。

 仮説社の竹内さんからということで,
「仁木さんの原稿が『たのしい授業』4月号でダントツで評価が高かったです。ありがとうございました」
とのメッセージを伝えてくださった。

 すげえ。朝からうれしい話で気持ちいい。
 こういう仕事をしていると,子どもたちに「話を聞いてもらう」場面が数多くある。
 それは,子どもたちに教育内容を直接的に伝えるためであったり,次に何かをするための準備だったりするのだけれど,すべて何らかの教育目的を達成していくうえでの道筋の一場面であり,ひとつの手段にすぎない。
 ところが,話をしているうちに勝手に話し手の方がボルテージをあげてしまって,「言うことを聞かせること」自体が目的にすり替わってしまうということが起こる。たとえ,「子どもたちに話を聞く力をつける」ということが目的だったとしても,それに応じた道筋がある。怒りつけて話をきかせたところで,それで話を聞く力がつくわけでもなく,その話の内容が通じるわけでもない。子どもたちが,その場をおとなしくしてくれるだけの話にすぎないのだ。

 かくいうボクもそういうことがたびたびある。そのたびに自分の力のなさに落ち込むのだけれど,同じ仕事をしている人のなかには,そういうところに目を向けることなく,子どもたちを怒りつけたことを誇らしげにしゃべっている人がいる。
 「目的のために手段を選ばず」というのも問題だけれど,「手段にこだわって目的を忘れる」自分の力量のなさ,職業意識のなさというのも哀れな話である。NHKのテレビ小説で落語が人気だそうだけれど,ボクら教員も「聞かせる芸」というのを身につける必要があるよな。もちろん,落語家の芸とはまたちがったものになるだろうけれど・・・。


 今日も9時過ぎまで職員室に残って仕事。
 たまっている仕事は増えていく一方で,片付いていかない。その上にイラッとすることが重なる。
 聞き手に回ることが多くなった最近,同じ内容であっても,言葉一つで受け取る側の感情はずいぶんとちがうものだなあと感じる。「カチン」とくる話し方をする人というのはどこにでもいるものだけれど,人間というものは誰にでも満遍なく平等に接することができるわけではないのですね。
 職場では久しぶりに殺伐モードになりつつある今日このごろ。
 授業はやっぱりいいな。そんなことを忘れさせてくれる。 
 職員室で仕事をしていると,来年度の公立学校の採用試験で,受験可能年齢が39歳まで引き上げられたことと,採用人数の増加が『徳島新聞』に掲載されているとK長さんが教えてくれた。小学校の採用人数は105人を予定とのこと。ここ数年,優秀な人材が県外にどんどん流出してきたけれど,さすがにそれはまずいということに気がついたのだろうか・・・。一応名目上は,「定年退職者の増加」を理由としているのだけれど・・・。とにかく採用数が増えることは,受験生にとっていいだけでなく,学校現場にも新しい風が入ることになり歓迎すべきことだ。

 サークルに来ているカエルさん,トリトリさんも受験生だし,今うちの学校来ている臨時職員のうち4人が採用試験を受ける。仕事をしながらの受験勉強は大変だ。家庭訪問,参観日と,年度初めのこの慌ただしい状態のなかで,おそらく勉強する時間を確保できない毎日はジレンマの連続だろう。
 でも,現場に出れば,それ以上の苦しいこともいっぱいある。早くこの山を乗り越えて,合格してもらいたい。受かったら受かったで,またいそがしいだけで中身のない初任者研修があるんだよね・・・。どうにかできんものかなあ。


 この春異動していったMさんから,メールで「〈単位の関係一覧表〉を送ってほしい」と連絡が入ったので,昨日メールにファイルを添付して送った。ついでにプリントアウトして,職員の机に配った。
 それに対して,何人かの職員から反応が返ってきた。けっこううれしいことである。

 今,これの黒板掲示用の貼り物を『花子』で作っているのだけれど,ある文字だけがどうしても貼り付けることができない。悔しいなあ。これは家に持って帰っての仕事だな。



 
 ゆうべ思いついた,海部で砂鉄集めの件であるが,週末に娘と行くことになった。
 海陽町立博物館には海部刀に関する展示があるらしいので,材料となる砂鉄の情報も得ることができるかもしれない。ちょっと遠いけれど,まあドライブがてらに車を走らせるのもいいだろう。

 今日一日Webで検索をし,資料を集めてみたけれど,海部刀に関してはいろいろ資料が出てくるものの,徳島の砂鉄に関してはほとんど資料らしきものを見つけることができなかった。
 もちろん,海岸に行って,砂浜で磁石を引っ張ればそれなりの砂鉄は集まるのだろうけれど,黒い砂鉄の固まりというのを見てみたいものだなあ・・・。

 そうそう,以前に日和佐の大浜海岸(アカウミガメの産卵地で有名)に遠足に行ったときに,アズキほどの黒い石がおもしろいほどネオジウム磁石にくっついてきたことがあったっけ。途中の海岸にも寄ってみて,それぞれの砂鉄を比べてみるのもおもしろいかもしれない。

 日本刀づくりには,砂鉄と木炭が材料として必要らしい。
 「砂鉄と日本刀」という材料の産地と産業を考えていると,「藍と藍染」の関係も気になりだした。以前に手をつけようとして,いそがしさのあまりに断念した「藍の歴史」も調べてみようかな?
 ボクが気になっているのは,「徳島は藍の産地だったけれど,そのことイコール藍染の産地か」というところ。どうもボクがもっているイメージと実際とはずいぶんの開きがあるみたいだ。
 徳島で藍が最も多く生産されたのはいつかという問題もおもしろい。きちんとしたグラフを描いてみることがスタートかな?

 そもそもは《磁石》の授業準備から始まったはずなのに,いつのまにか社会の科学の問題につながろうとしている・・・。結局のところ,ボクの興味関心は社会の方にあるんだろうな。
 今日は,家に帰ってから『いたずら博士の科学教室 磁石の魅力』(板倉聖宣,仮説社)と,『仮説実験授業の研究論と組織論』(板倉聖宣,仮説社)を開いた。前者は,わくわく科学教室関連で読み出した。後者はなんとなくなのだけれど,一番最初に収録されている「仮説実験授業への招待 仮説実験授業入門講座開講の弁」を読んだだけで,語録をまとめていくことができるなあという感じで,どんどん線が書き込まれていく。が,今回はこのブログに語録として掲載していくのはやめた。

 疲れたので寝ようと思ったが,布団に入って「砂鉄集めはどこに行こうかな?」と考えていると,ふとひらめいたことがあった。それで,やおら起きあがって,PCに向かっている。
 昨日読んだ『砂鉄とじしゃくの謎』(板倉聖宣,仮説社)の「砂鉄があつまっているところ」(44ペ)という章に,「鎌倉の稲村ヶ崎の地図に〈旧砂鉄採取場(正宗の名刀)〉と印刷されている」という記述があったことを思い出したのだ。
 徳島の県南にも中世に「海部刀(カイフトウ)」という質のよい日本刀が作られていて,中国などへかなりの数が輸出されていたという話を聞いたことがある。そして,海部(現・海陽町)には「清流」と言われる海部川がある。とすると,「このあたりの海岸には質のよい砂鉄があるのではないか」とひらめいたのである。
 明日,そのことを調べてみようと思う。
 
 
 職員室にある理科関係の備品カタログをめくって,《磁石》に関係するもので買っておくとよさそうなものを物色する。磁石類は理科室の方に結構ある。めくりながら,「砂鉄」というのを見つけたので,即取扱店に電話を入れる。こっちはカタログを見て話をしているのに,「砂鉄というのはない!」と言い切る。こっちも負けずに,「○○という会社の消耗品カタログを見ているんだけど,それには〈砂鉄〉って書いてあるんですよ。これはただの酸化鉄の粉なんですか? だとしたら,何百メッシュぐらいのものですかね?」と突っ込む。電話の向こうで慌ててカタログを開いたらしく,「たしかに〈砂鉄〉と載っていますね」と認める。そのうえで話を詰めていって,「どれくらいで手に入るのか?」と聞くと,「数日で入荷する」というので,500g入りを2本注文した。

 ふだんそんなことを言わないボクのつれあいが,土・日は娘の勉強のことでしきりに話しかけてきた。土曜日の参観授業を見て,「クラスが変わると,こんなになってしまうのか」とかなりショックを受けて帰ってきたらしい。まあ,始業式の日からだいたい予想していたことで,うちの娘の勉強だけを見たからといって,それで事態がよくなるとは思えないのだけれど,まあつれあいの心配もわからないではない。「宿題ぐらいは見てやるか」と考えて,いつもより早く学校を出た。
 家に着いてみると,なんと娘が熱を出しているとのこと。彼女は参観日の代休だったのだけれど,午後から体調が急変して38度余りの熱が出てきたらしい。病院からつれあいが送ったメールにもボクは気づかないまま,のほほんと帰ってきたのであった。
 車を降りるなり,家の窓からつれあいが「メール見てくれた?」「???」「真由美が熱を出しとるんよ!」・・・。そのやりとりを庭先で聞いていたボクの両親は,自分たちの息子にあきれかえっていた。これでますます家庭でのボクの立場は悪くなるのであった・・・。父,呑気だね。

 それでも,家に上がって娘の頭を冷やしたり,口にものを運んでやったりする。
 落ち着いてからは,寝ている娘の傍らで『砂鉄とじしゃくのなぞ』(板倉聖宣,仮説社)を読む。子ども向けの本なのでスースー読める。これを読んでいると,「砂鉄」を注文したものの,無性に砂鉄集めをしたくなってきた。
 娘の体調が復活したら,この週末は県内の海岸巡りかな?
 もちろん,磁石を持って。
 デスクトップPCの外付けHDが満杯になりつつあるので,整理することにした。
 先日のデスクトップ機異常動作事件で,大事なデータを外付けHDDにコピーした。そのおかげで,容量が大幅に減ってしまい,仕方なく手間のかかる作業をしている。
 録画番組のうち幾つかはDVDに焼く。データを残しておきたいものは,本体のHDDに移動。これでとりあえずディスクスペースを確保できる。それにしても,DVDを焼くのに時間がかかる。これがもっと短縮できるといいのにな。

 ゆくゆくは,この外付けHDDは録画専用にして,その他のデータはLAN接続のHDDに入れていきたいと目論んでいる。そうすれば,いちいちデスクトップPCを起動しなくても,データのやりとりができる。

 うちの職場には,BAFFALOのリンクステーションというLAN型HDDが導入されていて,これが便利に機能している。ボクたちがこの学校に来たころ,データは職員室PCのHDDに保存されていて,そこにアクセスしないとやりとりができなかった。ところが,ウィンドウズはネットワーク接続によるアクセスが十数台までしかできない。つまり,枠一杯のPCがつながってしまったら,その中の誰かがネットワーク接続を切らない限り,それ以外の人はアクセスできないということ状態が起こる。そのために,4月当初にデータをとれないということが頻繁に起こっていた。かといって,ウインドウズのサーバーを導入すると,ライセンス料が高くつく。ということがあって,情報教育主任さんがリンクステーションを導入したというわけ。
 もちろん,アクセスできる人間を登録し,パスワードをかけることができるので,設定をきちんとすれば情報保護も大丈夫。これで,特に4月当初の混乱はまったくなくなった。

 以前考えていた自宅サーバー設置は,現状では無理だということがわかったので,3台のPCがつながっているうちの家でもリンクステーションを導入したら便利だろうな。これにUSB接続すれば,プリンタサーバーとしての仕事もするもんな。
 今日は,夜にも出かけることがあった。
 4月に大学生になったてっちゃんと,みよっちゃんとごはんを食べに行く約束をしていたのだ。
 自転車生活のてっちゃんを住吉まで迎えに行ったあと,しらさぎ台のみよっちゃんを迎えに行く。みよっちゃんは坂を下りたサンクスで待っているということだったので,そこに行くと,これまた彼らの同級生のなおこがバイトしているというではないか。というので,顔を見てあいさつをした。いや~今日はいい日だなあ。

 高知から徳島に来て(ボクたちからすれば帰ってきて)下宿生活をしているてっちゃん。男の独り住まいで大変かなあと思っていたら,徳島にはおじいちゃん,おばあちゃんもいて親戚の家も近くにあるので,けっこうひんぱんにいろんな人が様子を見に来て,食べ物も不自由なく生活できているらしい。
 だがしかし,久しぶりに会うし,複数でごはんを食べることも久しぶりだろうからということで,今回は奮発して焼き肉を御馳走した(興奮して漢字を連発してしまっている)。というか,いろいろ理由をつけているが,単にボクが食べたかっただけ・・・。

 食べながら,いろいろな話に花が咲く。
 同級生の消息,小学生時代のこと・・・。
 うれしいことに,授業のことも話にあがった。
 てっちゃんは,朝の連続小説の『まどぎわのトットちゃん』のこと。
 みよっちゃんは,《虹と光》や《燃焼》,《差別と迷信》のことを話してくれた。徳島にいる彼は,四国大学に入学したそうだ。残念ながら,児童学科ではないのだけれど,同じ学科に小学校の時のクラスメイトがいて,先日ボクと会うことを話したらしい。そのときに,ボクが出していた授業&学級通信「いつも笑顔で元気です」の話も出たとか。いろいろ覚えていてくれて,しかもそれが悪いものではなくて,いい思い出として残ってくれていることがうれしいなあ。

 焼き肉で腹一杯になった男三人。今度はてっちゃんをアパートまで送って,そのあとみよっちゃんを家まで送り届けた。彼らといっしょに生活したのが7年前。感覚としてはもっと前のような気がしてしまうぐらい,成長した彼ら。それだけ年を重ねたんだなあと思うとなんだか感慨深い。でも,なおこにも「いっちょも変わっとらん」と言われ,てっちゃんやみよっちゃんにも「変わりませんね」と言ってもらえたから,きっと大きな変貌はしていないのだろう。2人のおかげで,たのしい時間を過ごすことができた。
 しらさぎ台から帰る途中に,みよっちゃんからメール。これで,彼ともまた連絡が取れるな。

 しばらく車で走っていると,もう一つメール。
 今日のキミ子方式に来てくれたKさんから。

 「色がたくさんつくれて楽しかった。でも,疲れたー」と,三人とも言ってました。自由なゆったりした雰囲気と空間も新鮮だったみたいです。今,娘真帆は,マックを食べながら,三原色で色がたくさんつくれる驚きや「もうセットは買わなくても大丈夫だ」とか,「だんご色」だとか,今日のことを思い出して楽しそうです。楽しかったレベル5です。次を楽しみにしていますが、いつ参加できるかなぁ。スケジュールいっぱいいっぱいです。

 家にたどり着いてこれらのメールを読みながら,なんだかものすごい充実感と幸福感に包まれた。
 今日はとてもいい1日だったな。
作品
 今年度から,サークル定例会の午後に,同じ会場でキミ子方式で絵をたのしむ場をもつことにした。以前から,そういう場の復活を望む声はあったのだけれど,後藤田先生のようにキミ子方式に精通している人がおらず,気にはなりながらもそのままにしてきた。
 ところが,昨年度末に,ボクが所属している組合でなんとかアドバイザーという仕事をしていた教員OBのFさんが学校訪問をしてくれた際に,一気に話が進んで,4月から始めることにした。なんにしても,この辺の準備などをするのはボクの役目になってしまうので,その覚悟はもちながら,講師というものは置かずに,メダカの学校方式でやっていこうと思っている。授業することも頭に入れておきながらも,あくまでも参加者自身が絵を描くことをたのしむ時間にしたいと思っている。いわば,趣味の時間。
キミ子方式20080419
 今回は,初回ということもあってか,ボクが想定していたよりも多くの参加者があった。もちろん,言い出しっぺのFさん,「やりたい」と言い続けていたSさんに,案内ハガキを見てメールをくれたTさん,サークルメンバーのカエルさんに,今朝初めてサークル定例会に参加したばかりのトルトリさんまで・・・。それに,後藤田先生の「徳島:キミ子方式を楽しむ会」常連だったKさんがお子さんを3人連れてきてくださった(昔,保育かご(というのかな?)に入れられていた赤ちゃんが,もう小学5年生ということにも驚いたが,いそがしい習い事の間に作品を仕上げてまた去っていった。まほちゃん,いそがしいなかありがとうね)。全部で10人! すごい!

 キミ子方式についてごくごく簡単な説明をボクがして,Fさんがそれを補足してくれた。そのあと,さっそく今日のテーマである「色づくり」を始めた。みんな真剣に三原色を混ぜながら黙々と色づくりをしている。それぞれの体調を反映してか,それぞれの根気にしたがって集中力が切れてくるのがおもしろい。キミ子方式は,どうしても集中するので,とても疲れる。でもそれが気持ちよかったりする。慌ただしい毎日の生活の中に,こういう時間を意識的につくるのも大事なことかもしれないと自分自身のことをふり返ったのも,今回この会を始めた理由の一つ。
 今回やってみて,「再開してよかった」と思う。もしかしたら,この会はこの会で独自の発展をしていく可能性があるなあと感じた。

 それと,もう一つ。
 Sさんちの子どもさんと接するトルトリさんの姿がとてもいい。子どもに向き合う姿勢については午前中の定例会での話にも垣間見えて感心する部分があったけれど,後藤さん,いい人材を発掘したね。ほんとにこれからがたのしみだ。


 次回のテーマは「もやし」。
 5月17日(土)午後2時~5時ごろ,高川原南教育集会所にて。

※初めての方でも大丈夫です。
※この時間(2時~5時)ずっと会場にいる必要はありません。この時間帯であれば,都合に合わせて時間調整してくださってかまいません。

 
 「色づくり」の感想は下をクリック。
 2008年度最初のサークル。
 いつもどおり,8時過ぎに会場入りして,湯茶等の準備をしていると,パタパタとスリッパの足音が近づいてくる。 「ん??? 1階でやっている日本舞踊の人が何かのようで上がってきたのかな?」と思って準備を続けていると,「最近目が覚めるのが早くてね。早すぎたかな?」なんて言いながら小野健司さんが登場(「全国で開始時刻が一番早いサークルじゃないの?」と言った小野さんらしく,30分も前に登場してくれました)。
 前日にメールで依頼された「ペットボトルロケットの発射台の作り方」について,ゆうべ急いで作った資料を実物の写真と共に見てもらった。小野さんは,『ものづくりハンドブック』に掲載されていた資料と見くらべながら,「これ,いいなあ。かっこいい」。ボクの資料に目を通して,「こういう作業が苦手な人には,〈適当〉っていうのは分かりにくいんだよね」と言いながら,「ここの長さはどれくらい? 木ねじの長さは?」と一つひとつ尋ねて確認していく。小野さん自身もその作業で発射台づくりのイメージを作っていったのだろうけれど,その中でボクの方も教育していただいてありがたい。ついでに,「こういうのは,ちゃんと情報発信したらいいね」とも・・・(めんどくさがりでごめんなさい)。
 そのあと,8月23日(土)の「わくわく科学教室in四国大学」の幾つかの内容について打ち合わせ。

 そうこうしているうちに,後藤さんのブログにときどき登場していたトルトリさんが来てくれた。それに続いて後藤さん,かなり間を開けてカエルさんが登場。これで,今日の参加者は合計5人となった。

 資料は,後藤さんから,

①「トルトリくんとの出会い」

 それに続けて,トルトリさんから,

②「尼崎のフェスティバルの感想」

の2本を続けて発表してもらった。
 後藤さんの学校に去年「学習支援ボランティア」として通っていたトルトリさん。秋のフェスティバルに参加してから,後藤さんのクラスの授業を見に行くようになった話を皮切りに,それ以後のメールでのやりとりをまとめたもの。とにかく,トルトリさんの視点の鋭さと,行動力に驚かされる。小野ゼミの学生さんのような仮説実験授業との出合いもあれば,トルトリさんのような出合いもある。いろんな出合い方があるけれど,それはほんとに偶然。でも,それを単なるすれ違いで終わらせてしまうか,スタートとすることができるかは,その人のセンスによるところが大きいのだろうな(もちろん,どんな出合い方をするか,誰を通じて出合うかといったことも大きいけれど・・・)。だから,やっぱりそのチャンスをつかんだトルトリさんはすごいのだと思う。これから1年間は徳島のサークルにも参加できるということなので,ボクたちもいい刺激がもらえそう。新しい人が来てくれるってうれしいことだ。

 次に岡本から,小野さんのためにつくった先ほどの「ペットボトルロケットの発射台」と,ダイソーで見つけた安いフェライト磁石の情報をお知らせし,2つの資料を発表。

③「職場で・・・」
 3月末の送別会で同僚のMさんがかつて大阪で勤めていたころに仮説実験授業をしていたことを話してもらったこと,4月に小野ゼミ卒業生のIさんを同僚として迎えたことを中心に,3人で話したことやその後のエピソードなどを報告。Mさんは30年ぶりに,Iさんは初めての学校現場で,それぞれに仮説実験授業と出合い直しをしてもらえたらいいな。
 後藤さん,トルトリさんの話に続いて,これもまた「出合い」で新年度スタートによかったんじゃないかな?

④「4月のブログから」
 だいたい,ボクの毎日はこのブログで報告していることが多いから,新しくレポートを書くということが少ない。新鮮味がないといえばそうだけれど,まあ,定例会では1か月間の報告ということでいこうと思っている。時間がおしていたので,板倉先生やその他の人たちの資料からの引用部分を紹介した。そのなかにいくつも,教育の本質部分に迫るものがあったのではないかなと思う。以前に,井上勝さんから教えていただいた,「自分が読んだ資料の中のお気に入りの部分をまとめる」というのが,とてもいいなあと思って,真似させていただいている。

 そして,小野さんから,5月30日(金)16:00~の福嶋昭雄さんの講演会,翌31日(土)の「授業書案《粒子と結晶》体験講座」の案内ビラが配布された。
 それから,本業である学者としての仕事をほんの少しのぞかせていただいた。大学紀要に掲載された論文を2つ。

⑤「近代教育学における〈仮説実験的認識論〉の系譜(1) 及川平治とジョン・デューイ」(四国大学紀要人文・社会科学編 第28号 別刷 2007年12月20日) 
⑥「近代教育学における〈仮説実験的認識論〉の系譜(2) ウィリアム・ジェヴォンズと板倉聖宣」(四国大学紀要人文・社会科学編 第29号 別刷 2008年 3月20日)
 ほんの少し話を聞かせてもらっただけで,ボクは「これ,読んでみよう」という気になった。及川平治なんていうと,「20年も前に教員採用試験対策の教育史の勉強で出てきたなあ」という感覚しかない。意味も分からずに「分団式動的教育法」という言葉だけが残っているのが実際。最近は「教育史」が採用試験にないという都道府県も多くなってきているらしい。試験勉強なんてその程度のものだけれど,この論文はそんなものではない。
 「大学生への講義ではこういう話はしていない」ということだけれど,仮説実験授業研究会の中には「認識論好き」がいるので,小野さんにそういう話をしてもらう会を開いてみるのもいいかも・・・。せっかく徳島にこういう人がいるのだから,「今現在の研究」について連続で話が聞けないかなあと思ったりもする。

 最後に後藤さんからいつもの通信が配られた。「今年は〈毎日配る〉宣言はやめておいた」というけれど,すでに数号ができている。とにかく体をこわさん程度にしてもらいたい。
 体調不良と参観日ということで2人から欠席連絡を受けていたので,「4月早々人が来ないかも・・・」と心配したけれど,ふたを開けてみると,今回も中身の濃いサークルとなった。
 来月は次のとおり。

 5月17日(土)午前9:00~正午,高川原南教育集会所にて。参加費500円。

 そうそう,参加者の感想は次のとおり。
 去年の年末に大あわてで購入したプリンタ,CANONのMP610の話。

 明日のサークルに向けて資料を作っている最中,プリンタの設定をいじっていると,「ん?? 〈両面印刷〉?」。まさかと思ったが,一応その「両面印刷」にチェックを入れて印刷してみると,なんと,両面印刷ができるではないか。しかも,インク控え目で裏写りしていない!! おまけに,冊子印刷までできてしまう。まるまる3か月も使っておきながら,今日,初めて気がついた。
 これで,印刷原稿をつくるのも楽になる。紙の無駄も減って,いいことづくめではないか。
 ついこの前,北島のジョイメイトで20000円を切っていたから,お買い得だろうな。
 今日もなんだかイライラの一日。
 明日のサークルに向けての準備がいろいろあったので,5時過ぎに学校を出た。
 近年ない落ちこみモードのあとは,攻撃的なイライラモードになっている。
 どっちにしても,あまりいい傾向ではないな。でもまあ,それはそれで今の自分だから仕方がない。

 あちこちの店を回って,画用紙やら茶菓子やらを買っている途中に,いつものダイソーに立ち寄ると,磁石コーナーにいろいろな製品が並んでいるではないか。
安い磁石
 なかでも目をひいたのがこのフェライト磁石。12個入りで105円。これなら黒板に貼る分子模型に使えそう。惜しむらくは,両面テープがついていること。分子模型はホットボンドで接着するので,両面テープはいらない。これなしで,15個105円にならないものか・・・。ならんわな。

 今日は小野さんからもメールが入って,いろいろ実験道具や授業セットについて返信した。明日のサークルに来てくれるそうなので,そこでまたいろいろ話ができるだろう。いよいよ8月のわくわく科学教室に向けて諸準備が始まる。たのしみだな~。
 
 今年は週1時間ずつ,5年生2クラスの書写をすることになっている。
 「えー? オレが書写するの?」という感じだけれど,まあ仕方がない。

 今日は本来の時間ではなかったけれど,参観日までに書写の時間をとらないと,教室の掲示板に貼る作品ができないということで,特別に時間をとることになった。といっても,他のクラスのTTがあるので,開いているのは4時間目しかない。ところが,現在家庭訪問の真っ最中で,給食の時間を遅らすわけにはいかない。ということで,時間内に片づけまで終わらせ,しかも作品を仕上げるという暴挙に出ざるをえなくなった。

 といっても,子どもたちはとても協力的で,ボクの一方的なお願いを難なくこなし,しかも全員が作品を仕上げることができた。
 書写といっても,ボクはお手本を配り,基本的な注意をするだけ。便利なことに,教科書の指導書にCD-ROMがついていて,PCに差し込んでプロジェクタに映し出せば筆遣いなどは映像で流すことができる。しかもリピートがかけられるので,書き始めから書き終わりまでを時間の間繰り返して流せる。その間にボクは机の間を回って,一人ひとりに声をかけて回る。あっという間の1時間だけど,なんだか気持ちよく過ぎてしまった。

 明日は隣のクラスで授業。これまた楽しみだ。
 書写の授業がたのしみになるなんて,なんだか不思議な気分。

 国土社から『未来の科学教育』が出版されたのが1966年。ちょうどボクが生まれた年だから,この本が出版されて42年になる(もちろん,仮説実験授業が提唱されたのはそれよりも3年前のことだから,45年が過ぎようとしている)。
 その間に,仮説実験授業研究会の研究は深まり,広がり,大きな成果をあげてきた。それは「理科教育」にもつまみ食いであるにしても大きな影響を与えてきた・・・とボクは思う。教科書にどれだけ授業書の内容が取り込まれていることか。
 そう思っていたのだけれど,この前から開いている『授業書研究双書 磁石・ふしぎな石=じしゃく』(仮説社)の21ページを開けると,こんな文章が目に入った。 

 (前略)
それは,これまでの理科教育がある事物をみせて,その理由を強引なまでに考えさせようとすることを良しとしてきたことに責任がある。このような教育は「ものごとを深く考えさせ,思考力を育てるので望ましい」などといわれたりするが,筆者はこれを「理由解釈主義」の教育とよぶことにしている。このような考え方は実在する事物を何でもすぐれたものと考えさせる傾向をもち,保守的な考え方である。こういう考え方は,ふつうの多くのペーパーテストには有効で,消費者生活に適合することは多いが,「現実の欠点を見出し,それを変革しようとする力を生み出しえない」という決定的な欠点をもっている。だからこのような考え方はときおり強く否定する必要がある。磁石をこわす実験も,このような考え方をうちこわす効果をもちうるのである。磁石をこわしてその正体を探求していく問題・実験は,このようにして子どもたちをおどろかせながら,かれらを現代の物性論的な考え方の入り口に立たせる効果をもっているわけである。  (21ペ)


これを読むと,やっぱり根幹は何も変わらず,42年前に「未来の科学教育」と銘打たれた仮説実験授業は,いまだに「未来の科学教育」なのだなぁ・・・と思い直さざるをえない。

 明日は,郡の小学校教育研究会。
 ボクは理科の授業をしない理科部員・・・。ああ,気が重い。
 つかれた~~~ ということで,ゆうべは家に帰って晩飯を食べたあと,爆睡。
 撃沈であった。
 我々職員室組は,分担して1年生の下校の手伝いをしている。
 ボクは,今日,ちょっと遠い地方までついていったのだけれど,その帰りに後ろの方から「先生~!」という声が聞こえる。ふり返ってみると,一昨年度送り出したWさんのお母さんの車。あいさつを返すと,スピードを落としながら,「今年は6年生のTTに入ってくださるそうで,よろしくお願いします」と声をかけてくれた。後ろから車が来ていたので,それだけの会話だったけれど,わざわざ声をかけてくれたことがうれしかった。
 ボクがやっていた仮説実験授業のことをかなり高く評価してくれ,去年の弟さんの入学式のときには,講堂で式の準備をしているところに「なんで先生が担任をしてないんですか?おかしいと思う」とわざわざ声をかけていただいたことを思い出す。
 今日も午前中にムカムカするやりとりがあって(そのときの対応の様子を事務さんに笑われていたのだけれど),なんとなくトゲトゲしていたのだけれど,これでずいぶんと心を和ませてもらった。自分でも単純だと思う。

 夜には,Tさんから「土曜日の午後,顔を出します」との連絡。久しぶり~。あまり役に立つ話はできないことの方が多いのだけれど,何かあったときに相談をかけてくれるのがうれしい。
うれしいついでに,わくわく科学教室でする予定の《磁石》の準備も進めていかなければと思い,『授業書研究双書 磁石・ふしぎな石=磁石』(仮説社)を開く。

 子どもたちがまちがって考えるときにも,かれらはかれらなりにすばらしい推論をしているので,結果のまちがいから,彼らの頭のわるさを即断してはならないことをひしひしと感じさせられるのである。教師は,これらの独特な考え方を出す子どもたちが,突飛な考えをだしたために笑われたり,結果のまちがいによって自信を失わせられることなく,今後とも自由で空想ゆたかな考え方ができるように配慮することに努力すべきであろう。仮説実験授業では,予想があたるようになることよりも,それまでの経験,討論をふまえて,それをうまくつつみこむようなさまざまな仮説が自分でたてられるようになることをねらっていることを忘れてはならないのである。(123ページ)

 毎日毎日,よくこんなにイライラ,ムカムカすることがあるなあと思う生活のなかにも,ホッとする出来事やうれしいことが確実にある。今のボクの心理状態では,とても飄々という感じにはいかないけれど,こんな「ああ,いいなあ」と思える言葉を毎日一つずつでもこころにストンと落としていけたらいいかなと思えた一日の終わり。
 K八万小学校最後の年に担任したてっちゃんがメールをくれた。
 彼は,K八万中学校のときにお父さんの仕事の関係で高知に転校した。それが,このたび徳島大学の工学部に入学したということで,また徳島に帰ってきたのだ。合格したときに連絡をくれていたのだけれど,ボクの方がいそがしくて,顔をみることができないままここまで来ていた。徳島での生活も落ち着いたみたいなので,来週のサークルのあと,晩飯を食べに行くことにした。
 
 あのときの子どもたちがもう大学生。年をとるわけだ・・・。てっちゃん,どんな青年になっているかなぁ~。「会っても分からんかも?」というから,相当変わったのかな? いずれにしても,たのしみが増えた。うれしいな。
 その後,サブノートPCを使って,インターネットで対応策を検索した。
 ボクのデスクトップPCの症状に合う方法を見つけたので,さっそくそれでやってみようとする。
 当該のHPにアクセスし,ソフトをダウンロード(フリー)。ただし,これを一度CDに焼かねばならない。ボクのサブノートにはドライブがついていないので,仕方なく,学校まで外付けドライブを取りに行った。この休みは行かなくてもいいと思っていたのになぁ~。
 ドライブを持ち帰り,ダウンロードしたソフトをCDに焼き付ける。

 ところが・・・,不調のデスクトップ機の電源を入れて,CDをドライブに挿入すると・・・なぜだか分からんが,ウインドウズが立ち上がるではないか。今までの苦労はなんだったのだ! くそっ,腹立つ!
 でも,このチャンスにと思って,ネットワーク経由でサブノートにデータをコピーした。時間のかかることかかること。でも,これでなんとか安心できるかな。
 その後,デスクトップ機にはチェックディスクとデフラグをかけた。
 何だか疲れてしまって,その間ボクは布団に入って昼寝。

 今日は仕事部屋のそうじをしようと思っていたのに,まったく予定が崩れてしまった。つれあいの紀美子さんからは,「とにかく床が見える状態に!」と言われているのだが,それができるのはいつのことか・・・。

 夕方起き出して,デフラグの終わったデスクトップ機を起動させると,ふつうに起動する。ところが,しばらくいじっていると,またもや真っ青な画面,さっきとはちがうメッセージが出ている。なんだかな~。
朝のトラブルもインターネットで検索中に症状が出てきたが,今回も。もしかしたら,使っている『○ナ・スケープ』というブラウザか? これまで,特に不具合もなく使ってきて結構気に入っているのだけれど,やっぱり『オ○ラ』に戻そうかな? 仕方なく,今はウインドウズ標準の『インターネット・エクスプローラー7』で,このブログを打ち込んでいる。

 それにしても,このデスクトップ機はD社で購入して3年になるが,今でもそれなりにハイスペック。メモリさえ増やせばいつでもVistaを搭載できる。ただし,大きな不具合なくこれまで使ってきたものの,ちょくちょく「ん?」と思う小さな違和感をよく感じる。
 それに対して,文句なく安定しているのが,P社のサブノート機。スペック自体はそう高くないけれど,さすがビジネス機。きっと細かい部分でのハードやソフトのすり合わせがきちんとできているのだろう。実は,ボクはこの機種にトラックボールが搭載されていたころからのユーザー。小さくて頑丈というのが気に入って買ったのだけれど,機械自体の不具合に出合ったことがない。前のマシンにいたっては,けっこうな高さから落としてしまったことがあるが,売り込み文句通り,その後も問題なく作動した。もし,買い換えということになっても,やっぱりこの機種を選ぶだろうな。それぐらい気に入っているマシンである。

 この調子だと,デスクトップの方は,近いうちに大きな問題が起こるだろう。
 仕事用じゃないのはM○Cにしようかなと思ってしまう。  
 朝,PCを起動し,メールチェックをしたあと,ネットを見ていたらフリーズ。
 ん?と思いながら仕方がないので強制終了したら,その後ウィンドウズが立ち上がらなくなってしまった。
 この前から,ちょっと動きが怪しいと思っていたらこんなことになってしまった・・・。
 ウインドウズの再インストールは仕方がないとしても,問題はこのPCにしか入っていないデータをどうやって救出するかである。ネットで調べた方法でやってみようと思うが,面倒くさいな・・・。やっぱりバックアップをこまめにとっておかないとダメだ。
 もしこれがとりだせなかったら,かなりのショック・・・。昨日,「データのバックアップとらないとな」なんてふと思ったのに,そのときしておけばよかった。

 今日はゆっくりすごせると思ったのになーーー。
六条大橋
 休日だというのに,朝6時過ぎから目が覚め,布団を抜ける。ここのところの神経の高ぶりがそうさせているのだろう。10時過ぎから娘を連れて散歩に出る。今日は,吉野川にかかる六条大橋まで行き,土手を越えて川原まで降りていった。ボクが子どものころにできたと記憶しているこの橋の下は,昔はこんなに広い川原はなかったし,木も生えていなかった。30年余りの時間のなかで,こんなふうに変わるのだな。
高瀬潜水橋

 再び土手に上がって,てっぺんの管理用道路を西に向かって歩くと,高瀬潜水橋が見えてくる。高知ではこういう橋を「沈下橋」と言うそうだが,ボクらのまわりでは「潜水橋」と呼んでいる。台風等で増水したときに,橋そのものが流されてしまわないように側面の柵がない。四国独特の橋のつくりだと聞いたことがある。
菜の花一面
 潜水橋のところで土手を降りて,家の方向に曲がっていくと,菜の花畑があった。土手の緑と空の青に黄色い花がきれいだった。今日は1時間半の散歩。距離にして6~7㎞といったところかな?

 家について,昼食をとったところに,香川のHさんから電話が入る。
 今年は授業が出来るということで,いくつかの授業セットを取りに来る約束をしていた。サークル定例会をしている高川原の会場で待ち合わせて,そこからボクの自宅まで案内する。車を駐めて降りた途端に出た言葉が,「これは(道順を)覚えられません」。たしかに,何もなしにウチまで一発で来ることができた人はほとんどいない。ペットボトルロケットの発射台とドライアイスロケットの発射台,それに《花と実》の授業セットを倉庫から持ち出して車に乗せる。このあと,後藤さんの家に行って,《ロケットで遊ぼう》の授業に使う道具を借りるというので,部屋に上がってもらい,道順を地図に書いて説明する。これまたわかりにくいのだけれど,無事にたどり着いただろうか。
 別れ際に,最新のレポートを置いていってくれた。タイトルは「〈笑顔で楽しく〉は決まっている」。
 中学校の年度初めってどこもこういう話なんだろうなと思うけれど,どうしても授業よりも生徒指導の方が優先されてしまうのだろうか。その根底には,教師のおごりや怠慢といったものが見え隠れする。もちろん,それだけで今の学校や教育といったものが抱えている問題がすべて解決するわけではないけれども,「授業がたのしい」という感覚がもてるだけで教師自身がとても楽になると思うのだけれど・・・。仮説実験授業が認識の中に存在しないなかでは,解決策が見いだせず,効果の出ない迷宮に自ら迷い込むしか道はないのかもしれない。

 いろいろ聞きながら,いろいろ考えたけれど,最後の方はもう考えるのをやめてしまった。指導方法は各先生方に考えてもらって実践してもらうというのだから,ぼくはぼくでこれだと思うことをやっていく。それしかないなあと思う。「その場その場で,各先生方,しっかり子どもたちに声をかけてほしい」と自分の頭の中で置き換えて納得し,団会を終えた。
 今のぼくには,大変な学年だとか生徒指導だとかという話はあんまり関係なかったりする。
〈子どもたちと,笑顔で楽しく学校生活を送る〉
ということは,ぼくの中で決まっていること。だから,ぼくはそれに向かって進んでいくだけ。それだけだ。


 「授業記録は無理かもしれないけれど,また報告します」と言って去っていったHさん。
 「生徒指導に熱を入れるよりも,まずは仮説実験授業」というのは,多くの人たちの実験結果。授業と採用試験の勉強との両立は大変だろうから,しばらくは徳島のサークルに来るというわけにはいかないだろうけれど,寒川からだと1時間もかからずにくることができるだろうから,気楽に寄ってくれたらいいな。


 今日は,もう1人会館の利用者があった。
 夜,サークルのIさんから電話。以前から予約を受けていた《もしも原子が見えたなら》の授業セットを取りに来るとのこと。隣の実家でゴロゴロしていたところだったが,すぐに倉庫に向かう。しばらくして,セットを持ち出しているところにちょうど車が着いた。以前より中身が膨らんで,衣装ケースが増えたのを見て驚いた様子。後藤さんのおかげで充実したこのセット,抜群に授業がしやすくなっているはず。
 今年は5年生を担任するIさん,40人の元気な子どもとの出会いはなかなか新鮮な様子。「やっぱり授業しないと!」という声が力強い。後藤さんの6年生も快調な様子。他のメンバーはどうかな?

 今年もいろんな授業の報告を聞かせてもらえることが楽しみでもあり,自分が授業できないことが寂しくもある。おそらく,ボクのストレスの第一はそこに尽きるのだろうな。
 夜,PTAの会があった。
 夕方,PTA担当のSさんがいろいろと気になることがあって心配そうに「大丈夫だろうか」とボクに声をかけてきた。ボクが残る必要はなかったのだけれど,Sさんの話にいくつか「ビックリマーク」。さすがに気になって残ることにした。何か必要なものがあったときにそれを出すことぐらいはできるだろうということで,職員室で仕事をしていた。

 それにしても,・・・。
 少なくともMさんは,後任担当者が決まっていない状態でも,職員が困らないための最小限必要な情報を,ボクにきちんと伝えて去っていった。ボクはそれに基づいて職員室のネットワークを設定し,現在のところなんの問題も起こっていない。それに匹敵するような(もしかしたらそれ以上の)情報がなぜ引き継ぎされていないのか,理解に苦しむ。少なくとも,我々平教員とはちがって,管理職には前年度中に引き継ぎする機会があるはずなのに・・・。
 伝える側が意識しておかないと,受け取る側は言われたことしかわからない。どうでもいいことを伝えずに,本当に必要な情報だけを必ず伝えるというのが「引き継ぎ」というものではないか。そうでないと,雑多な情報を垂れ流されても,受け取る人間は戸惑うばかりである。その上に,大事なことがスッポリ抜けていたのではどうしようもない。
 責任をもつべき人間が責任をもとうとしない世界には,どこかに必ずひずみが生まれる。しかもそのとばっちりを別の誰かが受けるという理不尽な話がついて回る。多くの場合,その理不尽をひっかぶせられるのは,まともに物事に向き合い真面目に取り組もうとする人である。おそらく,本来責任をもたなければならないはずの当の本人はそんなことは知りもしないで今の生活に胡座をかいているにちがいない。いや,そういうことに気づく力がないからこそ,どんどん上に上がっていけるのかもしれない。すべてがそういう人ばかりだとは思わないが,世の中にはそういう幸せな人がいる。腹が立つ。 


 なんとなくのイライラ感を募らせながら家に帰ると,机の上に1通の白い封筒。
 Kさんからキミ子方式の案内ハガキへのお返事。

 Kさんは,仮説実験授業研究会,数学教育協議会の会員として実践を積まれた教員の大先輩。徳島県教職員組合の先輩でもある。現役時代もさまざまな活動をされていたが,退職後も通信制で大学院を修了し,中国の内蒙古自治区で延べ半年間日本語教師をされたこともある。現在は徳島県内のある市で市会議員を務めている。
 同封されていた「後援会だより」に掲載されているHPも開いてみる。あいかわらず精力的に活動されている様子。今日抱えて帰ったイライラも,ほんの少し緩和された気がする。おいそがしいのは承知の上で,現状報告を兼ねてハガキをお送りしたのだけれど,退職後も自分の信念に基づいて暮らしておられるようすがとてもうれしい。職場ではここのところズーッとイライラ感が積もっているだけに,本当に心強く思う。


 今日はなんとなく,人間としての誇りとか志といったものと信用というものについて考えさせられる一日だった。 

 
絵の具セット
 今年度から,サークル定例会の日の午後に,キミ子方式で絵を描く時間をとることにした。以前は,「徳島:キミ子方式を楽しむ会」というサークルが川島町で毎月1回,後藤田明孝先生の主宰で行われていた。それが,2002年に後藤田先生が亡くなって以来,途絶えたままになっている。どうにかそのあとを継いでいけたらという気持ちはあっても,なかなか実現することができないまま,気になりつづけてきたことだったが,Fさんから声をかけていただき,思い切って始めることにした。
 といっても,誰かが指導するということにはなかなかいかないので,文献をテキストに,本当に絵を描くことをたのしむ時間にしたいと考えている。

 そのために,先日,お世話になっているY文具のNさんにパレットや筆,筆洗,絵の具等を注文していたものが今日届いた。今月は,色づくりからスタートなので,あとは画用紙があれば大丈夫かな。すでに送付してある案内状にも,以前川島に通っていたKさんからメールで反応をいただいた。彼女は,大学の同級生ということもあって気をつかってくれたのかもしれないが,「徳島:キミ子方式を楽しむ会」の最も真面目な参加者のひとりだった。

 「絵は自由に描くのではありません。自由になるために描くのです」という松本キミ子さんの言葉通り,いろんな人が気楽になれる場のひとつになったらいいな。
 ボクにとっても,落ち着いて対象に向き合う時間にしたいな。1人でもかしましいうちの娘は,すでにやる気満々になっている。やる気が空回りになってしまわないか,それが心配。

 今日はこれから,後藤さんが授業セットを取りに来る予定。
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プロフィール

岡本賢司(オカケン)

Author:岡本賢司(オカケン)
徳島で小学校の教員をしています。
仮説実験授業研究会会員。
徳島楽しい授業の会。

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