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 午前中は,水泳の練習につきあう。
 今日は学校のプールで実施。スタートの飛び込みがみんな上達している。
 今年は犬に噛まれたせいで,あまりおつきあいすることができずに申し訳なかったな・・・。傷口はようやくふさがってテープをはずして生活できるようになった。
 
 練習の後,職員室で夜中にまとめた〈教育課程〉の資料を完成させ,2部両面印刷。
 封筒に収めて宛名書きをし,あとは総合教育センターに届けるだけとなった。

 午後は,秋にある統一大会の授業と発表の検討会というのがあって出張。
 そこで語られる中身の多くは,ボクにはよく分からない話。「統一大会なんて引き受けると大変だな・・・」と思ってしまう。以前に放送教育をしたけれど,そのときとは随分感じが違う。教科・領域は枠がキツいみたい。ボクのようなはみ出し者はそういう中にいることが非常に息苦しく,なんだか場違いな所に来てしまったと肩身の狭い思いをしながら座っていた。幸い授業者はボクが以前から知る人だったので,それが救いといえば救いだったかな・・・。
 ただ,その人から「まだ(地元の学校に)帰ってこんの?!」と厳しく言われた。でも,その辺は成り行き任せなので何とも言えない。目の前に子どもがいれば,そこでがんばろうと思うだけで,地元とか地元でないとかいうのはボクにはどうでもいいことだもの。
 何故ボクがこんな会に出ているのか自分でも不思議。成り行き上,県の理科部会の研究員というのになってしまったので仕方がない。ま,次回の会は学校の会議と重なったので欠席となる。

 疲れたな~と思いながら,車を走らせて総合教育センターに資料を届ける。

 その後は,組合の常任執行委員会。時間を間違えていたり,駐車場でメールをしていたりして,遅れてしまった。今日の話のメインだけど,これまたボクにはちょっとよくわからないなあという感じ。いろんなことが考えられて,聞いた話に「そうだなあ」と思う部分と「ん?! それはどうなの?」と思う部分とが錯綜する。その点,後藤さんは議論の問題点を鋭く突いている。「やっぱりすごいなこの男」という感じである。
 議論のはじめから終わりまでを通してボクが感じた違和感がどこから来るものかというのは自分でもよく分からない。高校教育のあり方や障害者問題について考え直すきっかけにはなりそうだけど何かスッキリしない。モヤモヤ感を体にまといながら家路に着いた。

 今日の午後はモヤモヤの一日であった。
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 自分でもどうしようもなく単純だと思うけれど,舞い上がってしまう出来事があった。
 そのお陰で,数日間滞っていた(というか,怠けていた)〈教育課程〉の資料を一気呵成に仕上げることができた。

 内容的には「いろいろ言われるかもしれない(-_-;)」と思いながら,結局仮説実験授業のことを書いた。今年は授業をやっていないので,以前にやった《花と実》の授業記録をダイジェスト的に入れた。A4判一枚に表裏印刷で2ページ。3ページでも4ページでもいいらしいのだけれど,いずれにしても中途半端で書きにくい。あっち削り,こっち削りしながらなんとかおさめることに成功。

 ボクとしては,どっちかというと枚数制限はない方がありがたい。もしそうだったら,去年の〈てことトルク〉の記録がそのまま使えたのにな~。
 仕事から帰ると,隣の実家に邪魔していた娘が,宅配便の荷物を持って戻ってきた。
 送り主は「仮説社」。
 すっかり忘れていたけれど,箱を見て中身がわかった。

岩波DVD2-1

 さて,この中身は何でしょうか?
日本理科教育史

 「教育課程研究集会」という管制研修会の資料を作成中,ピタリと筆が止まってしまった。
 指導要領に目を通しても,字面は追えても内容が頭に入ってこない。仕方がないので,板倉先生の『日本理科教育史』を開いたら,読みふけってしまった。今日は,「その後の日本理科教育史の研究  〈科学の本格的な教育〉の重要性に関する長い〈あとがき〉」を読んだのだけれど,マーカーで線を入れる箇所がたくさんあった。
 なかでも,460~461ページにあった次の文章が頭に残った。

 当たり前なことですが,学校は教える所です。とくに科学というものは,ギリシア科学の伝統を本格的に受け継がない限り,独自に生み出すことなど出来ないので,積極的に教えなければならないのです。
 子どもたちは,「〈何かいいこと〉を学びたい」と思って学校に来るわけですが,学校が子どもたちの学習意欲に応ずる授業を行わなければ,子どもたちが非行に走り,不登校になっても当然のことです。教育の責任は,大人の側,教師と教育学者が担わなければならないのです。
(460ペ,12行目から)

 大正期の新教育運動のときも,〈学習法〉という言葉を作った教育学者/教師たち「最近の子どもたちは学習意欲がなくて困る」と嘆くようになりました。理想主義を掲げる人びとは,その理想の実現が容易でないことを知ると,途端にその責任を子どもに転嫁して,それまでの理想主義を断念するようになりました。そんなことを言うくらいなら,あくまで「教授法」という言葉を重んじて,〈「主体的」に自ら学習しようとしない子どもたち〉を見ても,それを「教師の側/教育学者側の責任」と感じて,教授法の研究を深めて欲しいのです。(461ペ,29行目から)

 この前から若い人たちとのやりとりや免許更新講習を受けるなかで,ボクの頭の中でグルグルと渦巻いている問題意識につながるところだろうと思う。大人の責任,教師の責任というのがとても気になっている。
 朝のうち,県水泳検定会に向けての練習。
 それが終わったら10時過ぎから年休。

 今日は,八万町にある文化の森総合公園内の県立図書館に行った。
 十数年前から,徳島における藍の生産量の変遷をグラフにしてみたいと考えていたが,手つかずのまま放置していた。今回は思い立って,データを集めるための一歩をとりあえず踏み出そうと思って重い腰を上げたわけである。
 なぜそれが気になっているかというと,明治のはじめ,徳島市は全国でも有数の都市だったという話を聞いて,それがどのようにして今の状況になったのかというのが気になっているからだ。それは,もちろん産業とのかかわりによる経済力の問題が大きいことはボクにもわかる。
 徳島の伝統産業といえば「藍」だ。といっても,ボク自身が随分長い間誤解していたことがある。それは,「藍染め」が徳島の名産なのではなく,藍染料である「蒅(すくも)」が名産だということである。その生産量の長期統計資料を手に入れたかったのだ。
 「郷土資料」のコーナーを見て回って,この本を見つけた。

阿波藍譜

 『阿波藍譜』。これには,明治期の統計資料が表になって掲載されている。できれば,江戸期のデータが欲しいのだけれど,これには載っていない。だから,ボクが欲しいと思ったデータの5分の1ぐらいが手に入ったことになる。もしかしたら,それ以前のデータは,当時の元資料から拾い出さなければならないかもしれない。一応,大正期に活字に起こされた資料もあるけれど,そうなるともうボクなどの手には負えないかもしれない・・・。「図書館をうまく活用する」ということについても,真面目に学ぼうと思う。

 これをまとめてみたら,「名産地は移動する」どころか,「名産地がなくなる」という話が見えてくるのではないかと思っている。現在でも藍を育て蒅を作っている人はいる。でもそれは,伝統文化の継承ではあっても,もはや産業としては成り立っていない。一つの産業がどのようにして消えたかをたどってみることで,今の日本,これからの日本が見えてくるのではなかろうかという気がしたのだ。

 なんとも大風呂敷を広げてしまったのだけれど,実は藍の盛衰は知る人はよく知っているらしい。でもボクは知らないので知りたい。簡単に言えばそういうことだ。もしかしたら,徳島の人間は知っておいたらいい話になるかもしれないし,もっと大きな話が見えてくるかもしれない。見えたら面白いな。
 この夏,最初で最後の日直。
 珍しくプール当番も今年は1回きりで先週終わっている。

 一日のほとんどを職員室で過ごして,あれやこれやとやっているうちに夕方になった。
 今日は,教育課程研究集会で提出しなければならない資料を作るつもりだったけれど,いっこうにやる気にならず,この前作った文章から一文字も作業を進めることができなかった。こういうときには,本来やるべきこととはまったく関係のない別のことがはかどるもので,「教員免許更新講習情報」というのができあがってしまった。
 明日,体裁を整えて印刷し,明後日職員室で配布するつもり。

 今日は個人懇談の最終日。長引いているクラスがあったのでそれが終わるまで待って,最後戸締まりをして学校を出た。
 夏休みの日直は1回だけだけれど,冬休みの初日に当たることが既に決定している・・・(-_-;)
ま,一日座っていればいいので,その間にやりたいことができていいという面もあるからいいのだけれど。
 夏休。
 文化の森にある県立図書館に行って調べ物をしようと思っていたけれど,休館日だということに昨夜気がついた。どうしようかなぁと思ったが,チョロッと用事を済ませようと学校に寄ったら,結局4時間近くも職員室で仕事をしてしまった。まあ,1つ片づいたのでいいか。文化の森には明後日,水泳の練習が終わってから行くことにした。数年来気になっている問題を今年は解決したいものだと思っている。うまく必要な資料が収集できるといいのだけれど…。もしかしたら文書館の方にいいデータがあるかもしれない。

 午後は,2台のPCの間でバラバラになってしまっている資料や教材のデータを整理するための作業。なんだかまたデスクトップの具合がよくない。その点,Panaのサブノートは安定している。やっぱりビジネス用は設計からしてしっかりしているのだろうな。結局,データの整理まではできなかった。

 夜,わくわく科学教室の申し込み状況をグラフ化してみた。一昨年,昨年,今年の3年,それぞれに条件がちがうために,ラインがまったくちがうのが面白い。今年は申し込みがゆったりとしているけれど,今日の時点で450人を超えた。ボクは,去年の5百数十程度申し込みがあると予想していたけれど,下方修正して500ぐらいかなと今は思っている。グラフをかいてみるのはおもしろい。
わくわくグラフ09

 小野さんから聞いた話では,高知のわくわくグランドフェスティバルでは680人を超える申し込みがあったらしい。今年も子どもたちの笑顔いっぱいの熱い一日が2回も味わえる。たのしみ。
 必修講習2日目。
 今日は,「ADHD・LDの理解」,「アメリカの教員免許制度」,「子どもの発達心理?」に関する講習が続いて,最後に登場したのが小野さん。「教育学の授業書作成に手をつけている」という話だったのでたのしみにしていた。今日はそのさわりの部分の話。
免許講習小野
 1枚1枚配りながら,予想を聞いて,理由を聞いて,話が進んでいく。
 ボクにとったら,以前に聞いていた内容も多かったのだけれど,すっかり中身を忘れてしまっている。「あれ?そうだったっけ?」と思うことが続いて,そのなかで自分の予想が以前たてていたものよりも激しい方にスライドしていることに気がついた。「わかる」よりもさらに「たのしい」の方に傾いているのだ・・・。自分のことだけれど,なんだか新鮮な気持ちになった。
 特に「あれ?! そうだったっけ?」と思ったのが,フィンランドの子どもの学習意欲。まわりからも「えー?!」という声があがっていたので,情報から受けるイメージと実際とのギャップが大きいのだろう。知識なんていうのはそうしたものだ。事細かなことは時間が経って忘れてしまっても,全体としての大きなイメージとその授業が楽しかったということは記憶に残る。実はそれが大事なこと。

 小野さんが提示してくれたのは,事実のみで個人的見解はあえて一切入れていない。受講者はこの講習からどんなことを学んだのだろう。ボクは,自分が圧倒的少数派であることを再認識した。

 講習が全部終わった後,小野さんの研究室に寄った。
 香川から今度のワクワク科学教室の実験道具のことで,三好さんが来てくれることになっていたからだ。ひととおり確認を済ませて三好さんが帰った後,講習の話のつづき。
 かつてTIMSSなどで「日本の子どもの学力は世界一」なんて言っていたころは,出題される問題に対しての履修率が他の国よりも高いだけの話だったことが明らかにされている。そして,当時から学習意欲の低さは問題にされていた。その後,校内暴力や不登校の問題が噴出し,「詰め込み教育」を反省したはず。
 そして,最近,PISAのテストでフィンランドが好成績を残しているのは,フィンランドの教育内容がこのテストにマッチしているということ。それに対抗しようとして,かつての「詰め込み」をやったところで「夢よもう一度」ということにはならないだろう。尺度がちがうのだから。それに,日本だって決して学力は低くないのだ。教育は攻撃しやすく,国民もそれに煽られやすい。不勉強な政治家たちが役所や教師の尻をたたけばたたくほど,悲惨な目に遭わされるのは子どもたちである。
 ボクは,この授業書案のこの先の展開がとてもたのしみだ。小野さんは「箸棒だけど,全国大会に持っていく」ということだった。対象は大学生,教師。ボクは,これが完成して現職教育で使えるといいなあと思った。
 「授業がたのしい」という子どもたちの声を大事にできる教育を若い人たちにどのように伝えていけばいいかということが,ここ数日ボクの頭の中で渦を巻いている。そういう問題意識と最後の講習が見事に合致して,体は疲れながらも意識は何となく高揚して家路についた。

 この講習のための付け焼き刃ではなく,またウダ話ではなく,日常行っている自分の研究の積み重ねを講習に反映し,スッキリとした形で提示したのは小野さんと,昨日紹介した最初の人だった。外の話はたぶん,よその大学に行っても似たり寄ったりだろうから,今回四国大学を選んで正解。やっぱり小野さんはすごいわ。準備・体力ともに大変だけれど,必修の1コマと言わず,ぜひ選択で4コマ(6単位時間)をもってもらえないだろうか。
 今日は四国大学へ。
 もうすっかり通い慣れた道になって,家を出てから20分少々で着いてしまった。今回は,2日続けて免許更新講習(必修)というのを受けることになっている。会場に着くと,知った人に数人会った。高校の同級生に,一緒に仕事をした人・・・。「ん?あの人は間違いなく10歳上だけど,この人って同い年だったのか?!」とちょっとだけショックを受けることがあった。

 会場は,フェスティバルで使わせてもらっている三十周年記念館の隣にできたばかりの中央棟。
 今回初めて入った。きれいじゃの~。

 講習は4科目。
 前から話が面白いなと思っていた人はやっぱりおもしろかった。小野さんの研究室のすぐ前の部屋でよく顔を合わせる。学生さんとのやりとりを聞いていても面白い。この人は,ボクが教育実習の期間中に附属養護学校に1日だけ行ったとき,たしか教頭をしてたと思う。自分が偏骨だからかもしれないけれど,反骨精神がにじみ出ている人の話は面白い。
 
 各日で試験があるというのでドキドキ。まあ,でも大丈夫だろう。今日は4つの講座のうち2つを選んで記入するという形式だった。選びながら,あの講座は記入した人がほとんど無いだろうなと思ってしまった。横文字混じりの話をダーッと勢いよくやられると,ただでさえ思考が遅れ気味なのに,ノーミソが停止し出す。もうすっかり落ちこぼれることに抵抗が無くなってしまった・・・。試験形式は先に聞いていたので,早々に候補から除外してしまった。言っていることが分からんのだもの。他の人は危ない話もしてたし・・・。そういうのも含めて,大学というのはいろんな人がいておもしろいところだ。「小野さんはこういう人たちとどういうふうにおつきあいしているのだろう」と想像するのもまたおもしろい。

 今回,昼食の時間帯に雨が降っていたこともあって,コンビニと学生食堂を開けてくれていたのがありがたかった。ボクは学生食堂でカツ丼セット500円也を食べた。フェスティバルの時にもコンビニだけでええから開けてくれんかな・・・。

 明日はいよいよ小野さんの話。「教育学の授業書」というのがどういうものか興味津々。でも,小野さんにテストされるのはなんかイヤだな~。小野さんもイヤだろうけど・・・。感想を書けばいいのかな?
 昨日まで快調に仕事が進んだのだけれど,今日はなんだか気のりがせず,途中でうっちゃってしまった。官制研で「教育課程研修集会」というのがあるのだけれど,それにレポートをもっていかなければならない。内容としては,これまでに書いた授業通信や資料を元にするつもりなので,作業自体はそれほど手間がかかるものではない。でもでも,気乗りがしないのである。
 結局,昼からは年休をとって帰った。

 家に帰って,まずは夕食を確保するために,つれあいが冷蔵庫に入れていった材料を使ってカレーを作る。これで,帰ってくるまでの間飢え死にする心配はなくなった。

 そのあと,ここのところよくするように,書棚から本を取り出してはページをめくる。
 今日は,遠山啓著作集 教育論シリーズ2『教育の自由と統制』を開いた。「総合学習と分析学習」のことが気になったのだ。でも,ノーミソがちっとも受け入れてくれない。以前にこの文章を資料化したものも本の間から出てきたので,明日の免許更新講習の空いた時間に読み返そうと思う。
 今日は,朝のうち事務処理。1つまとまった仕事が終わった。

 午後は,プール当番。
 朝のうちは曇っていたけれど,午後はいい天気になってきた。
 水温なんと29度(^_^;) これはプール管理をする側にとっては困った数字・・・。
 ボクはいつものように,水の中に入ってゴミすくいをしたり,子どもたちとじゃれたりして1時間半を過ごした。

 そのあと,初任研関係の文書も完成!(^^)!
 明日から数日間,またまた一人の生活になる!(^^)! 何しようかな?ってすることはいっぱいある・・・(-_-;)


 今日から徳島県の採用試験は集団面接に入った。
 うちの学校では,今日面接だった人もいれば,最終日の29日になった人もいる。学校に勤めながら採用試験を受けるのは本当に大変。なかには,教科にかかわる仕事を一身に背負ってやってくれている人もいる。しかもその人の授業を子どもたちはとても楽しんでいる。そういう人を早く採用しないのは損失だと思うけれど,概してそういう人ほど苦労しているのが現実。どうにかならないものか。
 ボクが所属する県教組では,定期大会後の県教委との交渉で,「一次試験を通った人は,次年度から一次試験免除」という案を提示している。これは,後藤さんががんばって常執で提案してくれたものだ。さて,どういう反応が返ってくるだろうか。
 受験生の皆さん,もう一息がんばってください(^^)/~~~
 今日は朝から職免で,沖浜にある徳島文理大学に向かった。
 問題の教員免許更新講習の2回目。

 今日のお題は,「日本の政治と社会 ~今ほど政治が面白い時はない~」。
 ボクは仮説実験授業研究会を通じて,板倉先生の話を情報として手に入れることができる。それは政治に関してもいえることで,「ああ,そういうことなのか」と思えることがいっぱいある。そういう情報に慣れてしまっているので,今日の講習の中身ではなんだか物足りない感じがするけれど,それは仕方がないことなのだろう。ボクはとても恵まれているのだということを自覚した。

今日の教材 
 今回の講習では,受講者に教材として画像の岩波新書が1冊ずつ配布された。
 
 この制度,「できれば無くしたい」と多くの教員が思っているのだけれど,全国の大学で受講生獲得のためにいろいろと手だてが講じられ始めているらしい。
 日本の教員はだいたい人口100人に1人。全国に教員が100万人程度いて,10年に一度だから10万人程度が30000円を払って受講する。毎年総額30億円が大学に落ちることになる。
という話を,愛知の武田さんが発行するメールマガジンのなかの記事で読んだ。学生が減って,つぶれていく大学が出てきている状況で,これに目をつけるのは当然だな。その記事のなかには,幾つかの大学で「特認教授」という形で目玉となる人を招請しているという話もあった。
 
 そういう情報を先に耳にしていたので,今回の教材配布も「そういうサービスの一環か?」とかんぐってしまう。それにしても,こうなってくると,そう簡単に廃止することはできそうにない。
 やはり,制度というのは施行される前に潰してしまわないとダメだな。
 この土・日は四国大学で講習・・・。小野さん,どんな話をしてくれるかな~(^O^)
 朝から弁当を作って出勤。
 文書処理と,学級担任に配布する文書を作って配布。
 『Exel』で作成された名簿システムで,今までうまくいかなかった問題が氷解。というよりは必要な内容が入力されていないというだけの単純ミスだった・・・(^^;) その他にも,これまで詰まっていたことで解決できた部分もあって,なんとなく気持ちがいい。
 「マクロ」にはまだ手をつけることができていないけれど,ボクの中ではこのシステムがずいぶんとスッキリとしてきた。

 その後は,報告文書の作成にほぼ一日を費やすことになった。めんどくさい・・・。でも,一番手間のかかりそうな部分はできあがったので,あと少し。明日は免許更新講習なので,職免。その後の2日で片をつけなければならない。

 5時になったので職場を出て,病院へ。
 休日明けということもあって,駐車場は満杯。嫌な予感がしたが,予想どおり1時間半も待合室で座り込むこととなった(その間に週刊誌を2冊,かなり細かいところまで読んだ)。
 まだ少し腫れた感じが残ってはいるものの,傷口はふさがっているので,今日で通院生活は終了ということになった。腕には今まで貼られていた滅菌ガーゼつきテープに代わって,ふつうの絆創膏が貼られた。なんとなくスッキリした気分と,名残惜しさが入り交じった変な気分で病院の玄関を後にした。
 朝,シャワーを浴びて,犬に噛まれた傷口を消毒する。
 そうしている間に,「雨はやんだけれど,雷注意報が解除されないので,予定していた水泳練習は中止」という連絡が体育主任のYさんから入る。
 同じように,ラジオ体操が中止になって珍しく早起きしていた娘が側に寄ってきて,「どうなっとるん?」とのぞきに来る。学校の子どもたちもそうだけれど,どうやら「大丈夫」というのを知った途端に,怖いもの見たさの虫がウズウズするものらしい。

 そんな娘に見せびらかすように,テープをはがす。
 この前までパンチで穴を開けたように丸い形をしていた傷口も,だいぶん肉が盛り上がってふさがってきている。娘はもう少し悲惨な図を想像していたらしく,「な~んだ」といかにも期待はずれという顔をしながら,自分の机の方に移動していった。
 Dr.曰く,「火曜日に見せてもらったら,それで最後になりますかね」。
 この1週間,いろんな人が心配そうに「大丈夫?」と声をかけてくれるので,たまにはこういうのもいいかもしれないと思ったりする。ま,そういう生活ももう終わりに近いということだ。大げさな包帯は1日ほどで外されたけれど,傷口にはテープが貼られたまま。

 病院での消毒といえば,「ヨーチン(イソジン)!」というのがボクのイメージ。
 今回の通院に際しても,傷口を直接消毒するのは「ヨーチン(イソジン)」だった。Dr.がでっかいピンセットに茶色く染まった脱脂綿をはさんで傷口に塗り塗り。その上から塗られるのが,この「イソジンゲル」。昔からあったものかもしれないけれど,ボクは今回始めて目にした。チューブの裏に刻印された「明治製菓」の文字も何故だかおもしろい。薬の世界もいろいろ新製品が生まれているらしい。
イソジンゲル

 「ヘェ~,こんなものがあるんだ」とというものを見つけると,なんとなくワクワクする。その上からカワイイ看護師さんが滅菌ガーゼのついたテープを貼ってくれる。
 病院というところはあまり好きではないのだけれど,普段目にすることのない機械や道具を見たり,キレーな看護師さんを見たりするのはおもしろい。
 そういう生活もあとしばらくだな・・・。
 市原さんが昨日のサークルに来てくれたのには,一つ大きなわけがあった。
 市原さんは,分子模型にピアノ線をつけた「びゅんびゅん分子」の製作者。ボクも愛用させてもらっている。全国大会に向けて,このびゅんびゅん分子を作っていく段になって,二酸化炭素を作るのに,炭素原子を平行に切るのに悩んだらしい。それで,ボクがどうやっているか教えて欲しいということだった。

 1個切れてしまえば,それを孔定規の穴の開いていないところに置き,これから切る分を穴の上に置いた上に定規などを渡して,どんどん切っていけばいい。
1個できたら
 
 ところが,この1個目をどう切るかというのがなかなか難しい。
 ボクは,孔定規を2つ並べて使っている。
二酸化炭素水平切り1
 2個の孔定規の28㎜の穴に,それぞれ一面だけ切った炭素原子を入れる。

二酸化炭素水平切り2
 その上に物差しを渡す。
 真横から見て,だいたい物差しと孔定規の切断面が平行になっていることを確認して,発泡スチロールカッターで切るという感じ。

 スチロールカッターは愛知の山田さん作,電源装置は海猫屋さんで買った「村雲堂」製のものを使っているけれど,この組み合わせで切れ味抜群。
 そうそう,わくわくで《もし原》をやることになりそうなので,その準備も進めないといけないな・・・。
 
 午後は,キミ子方式。
 今日は季節もので「スイカ」を描いた。

 ボクは子どものころから,水彩画を描いても,ベタベタの油絵調になってしまうのが常だった。
 実は,ずーっと淡い色調の水彩画に憧れてきたのだけれど,子どものころは,ボクのベタベタ絵もそれはそれで評価されてしまって,結局淡い色彩の絵を習得する機会を得ないまま大人になってしまった。

 今日の「スイカ」は,この水の使い方が重要。
 そう思いながら色を作ったけれど,やっぱり,最初はベタベタ。
 それでも,パレットに広げた絵の具の上に筆で水を加えながら色をつけていくと,何となく感じがつかめてきたような気がする。そこで,皮になってしまった。もう一つ描こうかと思ったけれど,面倒くさいと思ってしまうので今日は感じがつかめたところで終了。

 外のお三方のを見ると,色といい,スイカのみずみずしさといい,とてもいい感じ。ボクの絵は筆を運んだ跡が残っている。「あと一息!」と思う。ボクの感覚よりもかなり水を多くしてやるといいというのがわかった。
 そういう進歩が見えてくるとうれしいものだ。

すいか

今日の感想→
 サークル定例会。
 今日は,アキラさん,小野さん,市原さん,後藤さん,カエルさん,岡本の6人参加。これだけそろったのは久しぶり。
 はじめに,岡本から先日子どもたちと読んだ「日食物語」のプレゼンを紹介。
 ついでに,NHKの『ワンダーワンダー』という番組で取り上げていたメキシコの「結晶洞窟」の回を紹介。長さ11mの巨大な石膏の結晶の柱に唖然。《結晶》の授業をしたときに,見せるといいかな。

 そのあと,人が増えてきたので,わくわく科学教室の詰め。
 だいたい授業者の枠が固まった。参加申し込み数が去年とはちがう動きを見せているので,去年までと比べてどうなのかが楽しみ。準備会等の日程も決めて,何となく気分がそっち向きになっていきかけている。

 次に後藤さんが資料「1学期が終わりました!」を発表。
 ここのところ資料なしの口頭発表が多かった後藤さん。なかなかややこしそうな女の子のこと,不登校の男の子のこと,何より授業のこと・・・きっといっぱいノーミソがはたらいて,書きたいことはいっぱいあるのだろう。書くことの重要性はボク以上に分かっている彼が書けないのだから,そのもどかしさは何となく分かる。ボクは何も言わないけれど,どんどんあふれて漏れていくのが惜しいなあと思う。

 そして,市原さん。「書きかけたのだけれど書き上がらなかった」ということで,はじめは遠慮されていた様子だったけれど,「やっぱり・・・」と思い立ったみたい。
 今回はボクも,資料らしい資料が用意できずに,「日食物語」と映像の紹介に終わってしまったけれど,後藤さんと市原さんを見ていて,「資料を書くこと」の意味を考えさせられた。

 やっぱり,そのときそのときの自分を文章化する作業とその時間を大事にしたいと思う。
 ボクが今,担任として子どもたちに向き合っていないから余計に強く思うのかもしれないけれど,ともすれば〈学校のふつう〉に埋没してしまっていないかとフッと思うことがある。文章に表すということは,そのときの自分を点検するということでもある。〈学校のふつう〉に流されてしまわないように,書きたいことをいっぱい見つけていきたいものだ。

今日の感想→
 1学期が終わってしまった。
 今年は特に,何をしたのかよく分からないなぁ~という感じ。でも,子どもといっしょに授業する時間が多くなっているので,自分なりには満足している。

 特に,Rくんとの算数に関しては新・再発見がいっぱいだった。
 子どもの「かず」に関する認識が変化していく様子をこの目で見て取ったのは初めてだったけれど,本当にうれしい毎日だった。教科書でつまずいている子どもに,タイルやこれまでにボクが学んできた内容や方法で伝えると,詰まっていた水がすっと流れ出す感覚がたまらない。こんなところでも,ボクたちにできることがいっぱいあるんだなあと思う。
 タイルをつかって,イメージをもつことや操作をすることを大事にしていったら,子どもたちを算数でつまずかせている敷居がかなり下がるのではないかという手応えを感じている。

 夜は,飲み会。今日はおとなしく一次会で終わり。採用試験を受ける若い人たちが参加できないので,「時期を考えた方がいいね」という声もあがっている。一つの区切りではあるのだろうけれど,終業式ごとに飲み会をする必要もないといえばないよなぁ~。
 昨夜,「到達目標」と「方向目標」が気になって,頭の中のボンヤリした記憶にもとづいて書棚の本を探したけれど,結局見つけることができなかった。

 最近はすぐに人を頼ってしまうのだけれど,小野さんに連絡して教えていただいた結果,『科学と仮説』(季節社)と『仮説実験授業と教育評価』(ガリ本図書館)だということがわかった。
 どちらもこれまでに目にしているのに,ちがう本のことばかりが頭にあったために,まったくちがうところを探していた。自分の記憶の不確かさに少々驚いている・・・(-_-;)
 ちょいとめくって拾い読みしてみると, 「今あるものを元にして考える」のではなくて「根源的に考える」ということの意味を考えさせられる。これは腰を据えて読み直さなければならないと思う。
 昨日届けられた『仮説実験授業研究会ニュース』。
 その最初に,板倉先生の講演記録が載っていた。

 これを読んで,「到達目標・方向目標」の話がなぜだか気になって,そのことについて触れた文献を開こうと思ったが,ボクが思っていた本には載っていなかった。一体何で読んだのだろうか・・・。
 結局,お目当ての資料は見つからずじまいとなったが,あれこれと書棚の本を開いたことで,「あ,これおもしろそう」という文章が幾つかあった。夏休みにはそういうものを読みたいなあ。


 今日も仕事が終わって病院へ。
 今回も,テープをめくって傷口を観察した後,イソジンで消毒した上に「イソジンジェル」という薬を重ね塗りして,テープを貼ってもらった。明日の午後は病院が休みなので,このイソジンジェルとテープをもらって帰って自分で処置することになった。次に来るのは明後日ということになる。
 この病院は,カルテをデジタル化しているらしく,Dr.がPCに日本語で入力している。「経過良好」という文字は読めた。EIZOのディスプレイが縦長に2つ並んでいるのがカッコいい。
 1学期最後のクラブ。
 予定どおり,新総合読本「日食物語」をプレゼンを交えながら進める。

 ところが,映像を入れた場面になると静止画像状態。あっ(^_^;),USBに入れたデータからプレゼンデータだけPCにコピーしたっけ。元の映像データがないとダメなんかな?ということにあとで気がついた。
 仕方がないので,インターネットに接続して,入れてあった映像の元をたどって見てもらった。
 途中で皆既日食になる場面で,子どもたちが身を乗り出して見ているのが可笑しかった。

 7月22日,天気になるといいな。
 と思っていたら,夜家に帰って夏休みの日程を確認しながら愕然。
 何も考えずに,ボクはこの日教員免許更新講習を入れてしまっていた。日食を拝むことはできそうにない(-_-;)。なんか腹立つ。


 仕事の帰りに病院に寄る。
 傷口に詰めていたガーゼを取り除き,観察の後,消毒をして終わり。痛みもないし,熱も出なかったので,経過は順調・・・と勝手に思っている。
 傷口を縫合してくれるのかと思ったら,ポッカリ口が開いたまま,その上から保護用のテープを貼られた。「そのうちくっつきますから」とDr.が笑いながら言う。昨日も麻酔をしたので,連日はよくないらしい。
 でも,縫いつけてくれた方がはやく治るんだよな。というか,縫ってしまえば消毒は自分でできるし,糸だって自分で抜けるので都合がいい(勝手に今までそうしてきただけなんだけど・・・)。ただ,そんなことを口にしたら叱られそうな雰囲気だったので,黙って従った。
 ま,この辺はプロに任せるしかないのだから仕方がない。
 犬に腕を噛まれた。
 朝,登校してきた子どもが,「学校の庭に動かない犬がいる」と職員室に言ってきたので,教頭さんたちと様子を見に行った。植木の根元に頭を突っ込んでジッとしている。子どもたちのなかには「死んどる」と言う子もいたが,どうやら息はしている。その場所は子どもたちの通路にもなっていて,居座られても困る。しかし,まったく動こうとしないし,子どもたちの情報では「両足を怪我している」というのもあったので,一輪車(ネコ車)に乗せて運ぶことになった。
 教頭さんが持ってきた一輪車に乗せようとボクが抱き上げた瞬間,振り向きざまにガブリとやられてしまった・・・。う~む。犬歯が皮膚を貫いて,開いた穴から筋膜の白いのがのぞいている。出血はあまりない。痛みよりも,「不覚をとった」という感覚の方が強い。

 しかたがないので保健室に行って消毒液をかけて消毒し,とりあえずの止血に絆創膏を貼った。
 そのあと朝会に出て,病院に行く。
 はじめ,ある病院に行ったがいそがしかったらしく受付の対応があまりよろしくない。ボクが出した保険証と問診票がカウンターのままにしばらく置かれたままだったので,それを引き取って,別の病院に移動した。こちらも,患者さんでいっぱいだったけれど,とてもいい感じ。待っている間も,看護婦さんが応急的な止血の処置をしてくれて,冷却剤を持ってきてくれた。訪れた人を最初に受け入れる部署の応対ってとても大事だと思う。

 どうやら筋肉までは達しておらず,消毒と局部麻酔の後,開いた穴から洗浄液を入れて患部を洗い流す。その後再び消毒と止血をし,破傷風のための注射と抗生剤の点滴。「汚染されている可能性もあるので一日様子を見る」ということで,傷口は縫合してもらえなかった。明日もう一度診察を受けることになった。
 およそ2時間ほどを病院ですごして,出てきたときには左腕がこの有様。
いたい

 麻酔が切れ,時間が経つごとにズキズキし出す。
 しばらく不便な生活になりそうである。
 次のクラブで,1学期のクラブは最終。
 「さーて,何をしようか」と考えていたけれど,今月号の『たのしい授業』に載っていた「新総合読本 日食物語」(佐々木邦道さん:千葉)を読むことに決めた。
 それで,画像や動画を入れたプレゼンをつくることにした。今日の午後からはその作業にいそしんだ。でも,またPCの調子がよくない(-_-;) 明日中に完成できるかな?
 仕事も3年目になると,慣れてきたのか,手の抜き様を知ってしまったのか,最近はずっと早く帰っているし,休みの日に仕事に出ることもなかった。
 しかし,学期末が押し迫ると,やっておかないとまずいことが幾つか出てくる。昨日早く帰ったので,その分の取り返しをするために,今日は午前中久々の休日出勤となった。でも,集中力が切れているから,あんまり思うようにはかどらなかった。それでも,1つ目処がたったからいいか。
 今日は,たまっていた仕事を片付けるために,久しぶりに遅くまで残ろうと思っていたのだけれど,6時頃電話がかかってきた。「知り合いのお通夜が入ったので,早く帰ってこい」というつれあいからの指令。
 常日頃勝手なことをしているボクは,もちろん仰せの通り荷物を片付けて家路についた。娘と2人で夕食をとって,テレビの前でゴロンとしていると,いつの間にか眠り込んでしまった。う~む。早く帰ったことに意味があったのかなかったのかよくわからん・・・(-_-;) その間に娘は自分で風呂に入っていた。親がこういうのでも,子はそれなりに育ってくれていてありがたい。

 明日は午前中,仕事に行かねばならない・・・。
 夕方,岡山の島村さんから電話。
 この夏,岡山理科大学を会場にして,講座が開かれることになっている。四国大学でのフェスティバルと同様,わくわく科学教室も行う予定で,その責任者に若い島村さんがなったとのこと。
 それに向けて,必要な準備等について,四国大学のわくわくでどういうことをやっているのかが知りたいということだった。PCのファイルを開いたりしながら幾らかを説明してみたけれど,これは実物を見てもらった方が話がはやそうだということで,メールに添付してわくわく関連のファイルを送ることにした。
 「ボクでわかることなら,いつでも連絡してください」と話して電話を切った。あちこちで種まきの作業が展開されている。やがてその芽が出て,うまく育って生い茂っていってくれるといいなあ。

 今年は,ボクの娘も友達を誘って8月のわくわくに申し込んだ。
 去年まで一緒に勤めていたOさんも,2人の子どもさんの分,申し込んでくれたそうな。
 さて,今年はどれだけの申し込みがあるかな?
 昨日,大失敗をやらかした算数。
 タイルをつかって「おじいさん型」のひき算の説明をしていると,Rくんはどこを間違えていたかを自分で発見した。タイルというのは本当にすごいものである。あとは,トントンと進んだ。

 「おじいさん型」というのは,いわゆる「二段くり下がり」を行うひき算のことである。子どもたちがつまずきやすい型である。
 水道方式の初期の実践者が,〈一の位を「子ども部屋」,十の位を「お父さん部屋」,百の位を「おじいさん部屋」として教えて,「おじいさん部屋から〈かりてくる〉ので「おじいさん型のひき算」と呼ぶのだ〉という話を昔聞いたことがある。
 PCのメールソフトを起動すると,小野さんからのメール。
 なんと,徳楽授HPに掲載したわくわく科学教室の案内パンフレットが正しいものではないということを知らせてくれたものだった。

 原因は,作りかけて保存したものをHTMLに変換してHPに掲載してしまったことによるもの。
 5時が過ぎると急いで家に帰って,すぐに完成版のパンフレットデータを変換して,アップロードした。

 ほんとに冷や汗タラタラである。
 これまでにご覧いただいた方々には本当に申し訳ない。
 今掲載されているものが本物です。
 補教に入って,他の子どもたちの勉強を見ながら,Rくんの算数も進めていたら,途中で新しい型(通称“おじいさん型”)に入ることがすっかり飛んでしまっていて,気がついたらウゲッ(-_-;)という状態になってしまっていた。
 Rくん,すまんm(_ _)m
 Rくんとの算数。
 Ⅱ位数のひき算が終わり,今日からⅢ位数のひき算に入る。

 まずはくり下がりのない型からなので,いい感じでトントンと進む。
 
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