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 借りていた本の返却期限が昨日だったことをすっかり忘れていることに気づいて,今朝慌てて返しに行きました。
 ついでに,復刻作業中の『藍畑村誌』に記載されている「小川八十左(右)衛門」についての元資料はないものかと探してみたのですが,一番見たかった『阿波國徴古雑抄』がありません。仕方がないので,幾つかの文献を開いて,あきらめて帰ってきました(夜,国立国会図書館のデジタルコレクションに画像があるのを見つけたので,全ページクリックして見たのですが,残念ながら探している記述はありませんでした…)。



 帰宅して昼食をとった後,和室の障子の貼りかえをしました。
 ずいぶん前からひどい有り様になっていたのですが,面倒くさいので永らく放置したままでした。外からは見えにくいとはいえ,あまりに悲惨なので思い切って手をつけてしまいました。
 今回,アイロンで貼るタイプの障子紙を使ってみました。でも,これがなかなか難しい。そう度々することでもないので,なかなか上達はできそうにありません…。まあ,それでも一つ厄介な作業が終わったのでよかったです。

 その後,『藍畑村誌』に入れる神社の画像を撮影しに,自転車で校区を回ってきました。
 ここのところ,ずっと天気の悪い休日続きだったので,久しぶりに自転車にまたがった気がします。50分ほどかけてゆっくり回ってきました。

IMG_1122.jpg


 ついでに,校区から離れて徳島市に入るのですが,「龍蔵堤」を見てきました。これも,洪水を防ぐために作られたものです。竜王団地の北東隅にあたるところにあります。大学生のころ,毎朝すぐ隣をバイクで走っていたのですが,そういうものがあることなんてまったく知りませんでした。
 板碑と道標がある一画が文化財として保存されていて,「川除太神」が祀られています。昔時の川の流れの説明板も設置されていますが,ずいぶん読みにくくなっています。「龍蔵堤」の名前にも由来があるようです。

IMG_1126.jpg

 「龍蔵堤」を西側からパノラマ撮影してみました。

 あれこれ調べだして,古い時代の吉野川の流れが今とはずいぶん違うものだったことや,第十堰が現在のように川の流れに直行する形で造られたのではなく,神宮入江川から旧吉野川の筋に沿って造られたものであることがわかりました。そういう時代の様子を考えてみるのもたのしいものです。

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